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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第34章 無題



 力の入らない体に鞭打ち、駆け寄る。
 突如姿を見せた杏寿郎は、最後に見た時と同じ体制で座り込んでいた。

 禰豆子の木箱を抱いたまま、目の前で転げ落ちるように地面へと這いつくばる。
 そんな炭治郎を他所に、伊之助を押さえたままの善逸は硬直していた。


「大丈夫ですかッ!? 体の方は――…!」


 炭治郎の勢いに気圧されたからではない。
 突然の影沼の暴走に怖気付いたからでもない。


「あの…ッ煉獄さん」


 音がしなかったからだ。


「…煉獄さん?」


 あんなにも強く鼓膜を震わせる程に届けていた、熱い鼓動の音が。


「れ…煉獄、さ…」


 這いつくばる炭治郎の視線は、座る杏寿郎よりも遥かに低い。
 その下から見上げた光景に、驚きと安堵を入り交えていた表情が固まった。

 射貫くような、強い双眸が見えない。
 片目を潰されても尚、心に訴える程の灯火を宿していた、あの双眸が。

 静かに両目を閉じ、項垂れるように顔を下げている。
 力の抜けた杏寿郎の表情は、まるで安らかな眠りについているようにさえ見えた。


「れん、」


 笑っていた。
 ほんの僅かにだが、口角を緩めて。
 何かに向けるように微笑んでいた。

 顔の至ところに付着させた血痕など、元ともしない穏やかな表情(かお)で。


「れ…れん、ご…く…さ」


 力を失くした体は、脱力したように座り込んでいる。
 その膝下から、じわじわと赤い水溜りが広がっていた。

 血だ。
 夥しい程の杏寿郎の血が、大きく空いた腹部の傷から溢れている。
 辛うじて止血代わりとなっていた猗窩座の腕は跡形もなく、覆うように纏っていた影鬼の気配もない。

 身一つ。
 激しい上弦の鬼との戦闘を物語る有り様のまま、杏寿郎は静かにその場に座っていた。

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