第34章 無題
「ひッぅ…ッ」
頬に手を添えられ、顔を上げた蛍は泣きじゃくる跡を残したまま。
痛々しい血に塗れた杏寿郎の顔を間近に、更に顔を歪めていた。
尽きることない涙が、ぼろぼろと頬を伝う。
こんなにも一心に涙を流して瞳を揺らがせ見つめる者が、自分以外に出てくるのか。
止まる気配のないこの涙を、この先誰かが拭うのか。
(…嫌だ)
自分を枷にして欲しくはないと思うのに。
同時に蛍が自分に向けるものと同じ目で、他の誰かを見て欲しくはないと拒否をする。
蛍に生きていて欲しい。
心の底から笑っていて欲しい。
幸せになって欲しい。
その願いは全て、自分にも直結するからだ。
蛍と共に生きていたい。
蛍と共に些細なことでも笑っていたい。
蛍と共に幸せになりたい。
「……」
涙で溢れる蛍の顔が、じんわりと濡れそぼるように揺れる。
まるで宙を舞うその涙の粒が重なるように、杏寿郎の焦点をぼやけさせた。
(嫌だ)
贅沢は言わない。
これからも、この先も、ただ一人だけでいい。
(いやだ)
彼女が傍にいてくれるなら。
彼女の傍にいられるのなら。
(いやだ…ッ)
それ以上のことは、望まないから。
だから。
(──死にたく、ない)