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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第34章 無題



 何を話す。
 何を伝えればいい。
 残された時間で自分ができることはなんだ。

 千寿郎への、父への言葉を炭治郎に託したように。
 蛍に残せるものはなんだ。


「…蛍」


 力無く、千切れたままの腕を縋るように向ける蛍へと口を開く。
 血の溢れる口内でも、落ち着けば形を成せた。


「ゃだ…嫌、だ…ッ」


 弱々しく否定を続ける蛍の体を、優しく抱き寄せる。
 四肢を捥がれたような痛々しい体に、壊れ物に触れるように手を伸ばした。
 それでも強い力で縋り付いてきたのは蛍の方だった。


「ごめ…ごめ、なさ…っ私、が、足手纏い…っなった、から…ッ」

「それはない。断じて違う」


 寧ろ君がいてくれたから最後まで心を折らずにいられた。
 地に足をつけ、前だけを見据え、戦うべきものから目を逸らさずにいられた。


「酷い、こと言って、ごめんなさ…っ杏寿郎、は、悪く、な…のに…っ」

「何を言う。全ては俺を想ってくれたが為の言葉だろう。知っているよ」


 こちらに痛みが届く程の叫びだった。
 己の傷を、同じ痛みとして君が受けてくれたからこそ。
 人生を歩む相手として取った手が、君でよかったと心から思えた。


「お願ぃ…おねが…だから…っ」


 縋る体を受け止めて、震える背中に手を添えて、優しいほの暗い海底のような彼女の中で想う。

 自分の為ではなく。
 愛おしい者の為に。
 未来ある者達の為に。

 今、自分にできることはなんだ。





「っ…かみ、さま…」





 目まぐるしく回転していた思考が止まる。
 か細く消えてしまいそうな震える声は、確かに"それ"を口にした。

 蛍は信仰深くはない。
 寧ろ神も仏も信じていないと過去、語っていた程だ。

 どんなに泣いても願っても縋っても、本当に欲しい時に救いは来ない。
 都合の良い未来など目の前に降ってきたりはしない。

 一言では括れない過去を歩んできた蛍だからこそ、痛々しい程に現実を見た言葉だった。

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