第34章 無題
真っ先にすべきは止血。
この世のものではない影鬼なら、不衛生に関係なく内臓に触れられる。
千切れた血管は繋ぎ合わせる。
足りない血管は影鬼を細く編み込み、人口パイプのような役割として担う。
砕けた骨は、幾重も重ねた影で強靭な組織を作り上げる。
骨の形などよく知らないが、内臓を守る為に囲えばそれなりの機能は保てるはず。
ごっそりと抜けた肉は、己の肉片で補う。
童磨が以前、テンジの世界でしたことを思い出せ。
蛍の片足を苗床に、己の分身を丸々造り上げていたことを。
どうせ己の肉など、削ったところでまたすぐに増殖する。
医療知識など微塵もないが、見よう見まねでもやれることをやり尽くす。
それで杏寿郎の命が救えるのなら。
(大丈夫。血管は全て繋げられる。足りない肉は自分で補える。骨は、今だけ応急処置で作って…後で胡蝶に聞いて、本来の形を再構築する)
知識が無いのなら、その分頭を捻ろ。絞り出せ。
使えない頭で考えろ。不可能でも。
人智を超えた能力。それが血鬼術だ。
なんの為にそんな能力を身に付けたのか。今ならわかる。
この時だ。
この時の為だ。
守るべきものを、愛しいものを、取り零さないように。
見失わないでいられるように。
(大丈夫。できる。私なら)
縦に割れた瞳孔が、更に深い溝をきりきりと抉る。
底の見えない谷底のような深みが、眼球を軋ませる。
編み込み、重ね、繋げて、造る。
緻密(ちみつ)な組織でも、元は人間。
鬼の始祖である無惨は、その人間から〝鬼〟という細胞を造り出した。
道理は同じだ。
無惨にできて、自分にできないことはない。
考えろ。
捻り出せ。
想像しろ。
力を。
ちからを。
無から生を生み出す、異能(ちから)を。
──びきり
限界まで見開いた蛍の瞳孔の、深い谷底。
軋むように裂けていたそこから、歪な音がした。