第8章 むすんで ひらいて✔
「…何か、あったのか?」
ほんの少し間を置いて、そっと問い掛けられた。
杏寿郎にしては珍しい静かな声で。
「俺は、君の手助けになるならと思い呼吸の稽古を付けている。もし何か悩み抱えているものがあるなら話を聞こう」
顔は見えない。
でもその声と、伝わる空気でわかる。
偽りのない杏寿郎の優しさが。
この人は、いつも真っ直ぐだから。
話せるなら話したい。
自分がこの先どうなるのか、わからない不安をぶちまけたい。
差し伸べてくれてるその手を、握りたいのに。
「……私ね…いつも起きる度に、これは夢だったんじゃないかって思うの」
話したいけど話せない。
閉じた視界は開かないまま。
だけど口から自然と思いは零れた。
「頭が忘れてるんじゃなくて、心が否定してるんだと思う。起きる度に、自分の立場を知る度に、夢じゃないんだって。毎日、気が沈む」
「……」
「毎日滅入るのは、しんどくて。だから鬼であることを受け入れる為に、できることをしようって」
「…結果は見えたのか?」
「……わからない」
もう習慣化してしまった。
起きたら勝手に目が追う。
視界を覆っていた手をゆっくりと持ち上げる。
薄暗い灯りの中で顔に影を落とす掌は、くっきりと鋭い爪先まで黒く模っている。
今ではもう見慣れてしまった鬼の手だ。
唇を噛み締める。
「体は簡単に再生するけど…心は、なんだか穴が空いたままな気がして。ぽっかり、時々、痛い」
鬼と成ってしまった、義勇さんに見つけられたあの日から。
続いているこの気の滅入りは、心があれから止まっている証だと思う。
「…弱い、なぁ…」
まだまだ私は弱い。
全然強くなれていない。
何処まで行けば自分で自分を認められるのか。
わからないから見えない道が果てしなく遠く感じる。
力を抜いた掌が、ぺたりと再び瞼に落ちる。
声に出したらなんだか泣きそうになって、尚も唇を噛み締めた。
このくらいのことで、凹んでたら、駄目だよ。