第8章 むすんで ひらいて✔
私が追い出したはずの鴉。
右目に傷を負った小さな頭が、杏寿郎の肩に停まったまま見下ろしていた。
でも、
「呼んだ、って…」
「説明してくれたからな。彩千代少女の状況と、緊急であることを」
「…ぇ…」
説明って。
は、話せた、の?
思わず鴉を凝視すれば、黒い羽毛は流れるような動作で巣箱へと飛んで行ってしまった。
慌てて視線で訴えても、何も語るつもりはないんだろう。役目は終えたとばかりに巣箱の中へと潜り込んでしまった。
「話せ、たんだ…」
思わず口からも溢れてしまう。
だけど更にそこに新たな疑問が浮いた。
あの鴉はなんで人体に詳しい胡蝶じゃなくて、杏寿郎を呼んでくれたんだろう。
「話せたとは?」
「ぁ…鴉、のこと」
「ああ。鎹鴉は人語も達者だ。彩千代少女も知っているだろう」
そう、だけど。
あの鴉のことは知らなかったから。
わざわざそれを説明する気力もなくて口を閉じる。
すると杏寿郎の顔が、更に覗き込んできた。
「しかし顔色はまだよくないな。藤の花に触れたと聞いた。あれが鬼にとって危険であることは、わかっていたはずだが」
「事故の、ようなもので…」
「それでももう少し気を付けた方がいい。彩千代少女の体は、鬼と言っても十二鬼月(じゅうにきづき)に比べれば再生が弱いようだからな」
十二鬼月…そういえば鬼の強さにも上下関係があって、上弦(じょうげん)から下弦(かげん)の名前が付けられているんだとか。
義勇さんに聞いたことがある。
「最近、無理をしているようだったし」
…杏寿郎にも、私が生き急いでいるのが見えてたんだ…。
「無理をする、くらいじゃないと…強くなれないから…」
「強さは身体だけではないぞ。心を強くすることも同等に大切なことだ」
杏寿郎の言うことは尤もだ。
義勇さんが言っていたことだって。
わかってる。
頭では理解しているんだ。
それでも我武者羅になること以外に、道がわからないから。
「これくらいしか、私には、できることがないから…」
段々と語尾が小さくなってしまう。
強い杏寿郎の視線を前にして胸を張れる気がしなくて、隠すように無事な左手で自分の目元を覆った。