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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第34章 無題



「杏寿ろ、の、責務は知ってる…ッやるべきことも、わかる、けど…っあんまりだよ…こんなの…ッ」


 顔を拭うこともしない。
 涙を溢れさせながら露わになった蛍の顔左側面は、両手同様に焼け爛れていた。
 やはりあの時、一瞬でも朝日を受けたのだ。
 赤黒く皮膚を炙った跡は、強烈な程に痛々しい。


「なんで…ッこんな、の」


 それでも心を深く突き刺さったのは蛍の顔よりも、その言葉で、体全体で訴える痛みだった。


「なんで…!」


 上弦の鬼と対峙した。
 その場に居合わせた人々の命は守ることができた。
 攫われようとした蛍の誘拐も、阻止することができた。

 鬼殺隊として。
 柱として。
 煉獄の嫡男として。

 炭治郎の言う通り、誰一つ命を取り零さなかった。
 守ることができた。
 責務を全うすることができた。




 ただ一つ、杏寿郎自身の命だけを除いて。




「……」


 痛みを叫ぶ蛍を前にしているというのに、安心させるような言葉を一つも吐き出せなかった。
 本来ならすぐに手を伸ばし、抱きしめたというのに。

 目の前で愛おしいひとが泣いている。
 泣き叫んでいる。


「…ッ」


 その現実を知ってしまったからだ。


(そうだ)


 唇が震える。

 今し方実感したばかりだというのに。
 何故そのことから目を逸らしていたのか。

 蛍の身一つ、満足に運べない程に自身の体は限界を迎えていた。
 なのに何故。


(俺、は)


 上弦の鬼を倒す為に。
 守るべきひとを傷付けない為に。
 己の心と体を燃やし尽くした。

 焼いて、焼いて、焼き尽くして。
 炭となるまで、焦がし続けた。


(俺は──)


 もう、この体に燃やせるものは何も残ってはいない。

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