第34章 無題
大人の体に戻った蛍では、羽織の中に完全には隠せない。
更には勢いも余って、杏寿郎の制止も利かずに懐から頭が飛び出した。
「ほ…ッ」
蛍の顔が陽光に晒される。
その事態にぞっと杏寿郎の背中が粟立つと同時に、照らされた光の中で見えたもの。
大粒の雫が、きらきらと朝日に反射して空気を舞う。
両目の縁に溜まることすら耐え切れず、頬を濡らすそれは一筋や二筋の僅かなものではない。
眉を皮膚に刻むように深く八の字に歪め。
見て取れる程に唇をわなわなと震わせ。
音を鳴らせない喉が何度も上下に痙攣して。
涙でふやけてさえ見える緋色の瞳が、激しく揺れている。
(──蛍)
炭治郎の先程までの狼狽えが霞む程に、蛍の激しい泣き顔に喉が詰まる。
刹那。
じゅうッと肉を焼く音と。
ごぱりと黒い波が立ち打つ音が交差した。
「煉獄さ…ッ!?」
「ギョロギョロ目ん玉ッ!!」
視界が不意に暗くなる。
と感じた時には、既に津波のような大波を起こした影に頭から喰われていた。
轟音のような水音に掻き消される炭治郎と伊之助の声。
それでも手を伸ばしたのは、目の前の成人へと変わった彼女だった。
涙を飛ばし、皮膚を焼く。
彼女の。
──ドボン…ッ
そして視界は気泡の波に攫われた。