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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第34章 無題



「竈門少年」


 目の前で泣くのを止めない少年に、穏やかな声を送る。


「猪頭少年」


 体を震わせながらも声一つ上げない少年に、優しい眼差しを向ける。


「黄色い少年」


 この場にはいない、それでも最後に見たのは鬼である少女を体を張って守る姿だった。あの己とはまた違う、雷のような金髪の少年に思いを馳せる。


「もっともっと成長しろ。そして今度は、君達が鬼殺隊を支える柱となるのだ」


 上弦の鬼である猗窩座には到底力は及ばなかったが、下弦である魘夢を討ったのは他ならない炭治郎と伊之助だ。
 善逸もまた、できると見込んで指示をしたとは言え、数多の乗客と鬼の少女をその身一つで守りきった。

 何より死をも感じるであろう脅威を前にしても、誰も逃げ出さなかった。
 縋り付いて、逃げ込んでしまいたくなる淡い夢を見ても誰も逃避をしなかった。

 その精神こそが次の柱へと繋がる道となる。


「俺は信じる」


 彼らの先に、未来はある。
 希望はある。

 炭治郎自身がその口で言ったのだ。
 勝ったのは煉獄杏寿郎で、猗窩座ではないと。

 その言葉通り、乗客を全員守ったのだ。
 何より尊ぶべき命を、繋いだのは杏寿郎だけではない。少年達の力もあってこそだ。

 そのことを忘れないで欲しい。
 決して哀しみだけに溢れた結果ではなかったのだと。
 胸を張って欲しい。


「君達を信じる」


 血の跡などものともしない。
 穏やかに、温かく微笑む杏寿郎のその思いに、炭治郎はぐっと奥歯を噛み締めた。


「っ…」


 噛み締めて抑えたはずの唇が、震える。
 哀しみと、後悔と、感謝と、無念と。
 まとめあげられない感情が渦を巻いて、熱いものをこみ上げらせた。


「っぅ…ひぐッ」


 堪らず零れ落ちる嗚咽。
 ぼろぼろと涙を零す炭治郎は、それ以上真っ直ぐ杏寿郎を見つめることができなかった。
 拳で目元を擦り、泣きじゃくる。

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