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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第34章 無題



「それから…竈門少年」


 そして今この場にいる者として、何より炭治郎に告げなければならないことがある。


「俺は、君の妹を信じる」


 同じ鬼殺隊であり、柱である自分だからこそ。
 炭治郎の背を押せることだと。


「鬼殺隊の一員として、認める」


 静かにしていても挙動不審に彷徨っていた、炭治郎の視線が止まった。
 恐る恐ると顔を上げ、真正面から杏寿郎の顔を見つめる。


「汽車の中で、あの少女が血を流しながら人間を守るのを見た。命を懸けて鬼と戦い、人を守る者は、誰がなんと言おうと鬼殺隊の一員だ」


 無言で見上げる炭治郎の、薄らと赤みがかった瞳。
 強い朱と金の輪郭のような輪を持つ杏寿郎の双眸とは、また違う火を灯した瞳。


「──胸を張って生きろ」


 その瞳が、大きく揺らいだ。


「己の弱さや不甲斐なさに、どれだけ打ちのめされようと…心を燃やせ。歯を食い縛って前を向け」


 ぼろりぼろりと、炭治郎の揺らいだ瞳から大粒の涙が溢れ出す。

 杏寿郎の最期を諭すような言葉だからか。
 鬼である妹の全てを許されたからか。
 炎を宿す双眸に背を、心を、押されているからか。

 理由は定かではない。
 それでも涙は止まらなかった。


「君が足を止めてうずくまっても、時間の流れは止まってくれない。共に寄り添って、悲しんではくれない」


 同じに杏寿郎の言葉を耳に響かせていたのは、傍らに立っていた伊之助だ。
 猪の被り物をしている為、表情はわからない。
 それでも普段落ち着きのない伊之助が沈黙を守り、微動だにしない。

 否。刀を握り締めたまま立つその体は、微かに震えていた。
 何かに耐えるように、指先が白くなる程きつく刀を握り締めて。

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