第34章 無題
そんな話は、杏寿郎の容態を整えてからでいい。
今聞かなくてもいい。
杏寿郎が口にした「最後」という言葉など、鵜呑みにしない。
未来の話をするのなら、未来に進めるようにしかと体を休めてから話せばいいのだ。
「呼吸で止血して下さい…っ傷を塞ぐ方法はないですかっ?」
「無い。だが今は、蛍の影が出血を最小限に抑えてくれている」
そんな炭治郎の思いを一蹴するように、杏寿郎は簡潔且つ現実を告げた。
いくら蛍の影鬼が体の上を覆って出血を抑えてくれているとしても、限度はある。
猗窩座は蛍の影鬼が陽光に匹敵する能力だと勘違いしていたようだが、そうではない。
異常な再生能力を繰り返し、陽光の中でも存在し続けられているのだ。
蕎麦屋の二階で、身も心も丸裸にして向き合った時にこの目で見た。
だからこそ断言できる。
蛍も鬼である。
その存在価値を背負わされた者全てが抗えないのが、太陽の存在。
自分は特別な鬼ではないと、禰豆子との差を語っていた蛍の現実だ。
「喋れるうちに、喋ってしまうから聞いてくれ」
「そんな…そんな、こと…蛍が──」
「弟の」
まるで命の残量を語るように告げる。杏寿郎のその言葉が誰より突き刺さるのは、腕に抱いている蛍だ。
誰よりも杏寿郎の傍で、命の鼓動を聴いている鬼だ。
それがどんなに残酷なことなのか。
涙ながらに頸を横に振る炭治郎の意思は、杏寿郎にも伝わっていた。
だからこそその声を遮り、先へと続けた。
「千寿郎には、自分の心のまま。正しいと思う道を進むよう、伝えて欲しい」
こんな言葉。
こんな意思。
どう聞いても遺言だ。
死にゆく者の思いだ。
「父には、体を大切にして欲しいと…」
そんな自分の身勝手な思いを、蛍には預けられない。
短い日数でも、確かに千寿郎と槇寿郎と繋がりを持った。
ただの客ではなく、家族として。
共に同じ道を歩む者として。
そんな蛍に預けるには、重過ぎる思いだ。
いつかに蛍に語った、母──瑠火の託す思いと同じ。
一歩間違えれば、呪いとなってしまう。