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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第34章 無題



 涙と鼻を、ぐしりと拭う。
 それでも滲む視界の中で炭治郎は立ち上がった。
 誘われるまま、杏寿郎の傍へとふらふらと歩み寄る。
 向き合うように膝をついて、そこで初めて彼の姿が不自然に羽織で包まれているのを知った。
 こんもりと腹部が膨れている正体は、同じに自在に変化する妹を持つ炭治郎だからこそすぐに勘付いた。


「ほ…蛍、ですか? それ…っ朝日、が」

「ああ…彼女は無事だ」

「で、でもそんな状態じゃ…っ陰! 陰がある所に…ッ」

「ここから動かす方が、今は危険だろう」

「じゃあどうすれば…ッ」

「竈門少年…思い出したことがあるんだ」

「…思い、出す?」

「昔の夢を、見た時に」


 慌てる炭治郎の問いに、杏寿郎は最後まで答えなかった。
 ただ蛍だけが感じることができたのは、抱く杏寿郎の腕の強さ。
 瀕死の怪我を負っているはずなのに、蛍を守るように抱く腕に力が増したのだ。

 離すまいと、するように。


「俺の生家。煉獄家に行ってみるといい。歴代の炎柱が残した手記があるはずだ。父はそれをよく読んでいたが……俺は…読まなかったから。内容がわからない」


 【二十一代目 炎柱ノ書】
 そう記名された古びた書物が、蛍の脳裏に浮かぶ。
 煉獄家で過ごした日々の中で、この手に触れ杏寿郎と言葉を交わすことができた。





 『その書は、歴代の煉獄家当主が炎柱と成り得た事柄だ。俺自身も柱の称号を得た今、必要のないものだからな』





 その言葉の裏側には、炎柱ノ書を熱心に読み込んだ父が柱となり、また挫けてしまったからこそ自分には不要なもの。
 父とは別の方法で柱となれば認めてもらえるのではないか。
 そんな淡い希望を秘めていた。


「君が言っていた…"ヒノカミ神楽"について、何か…記されているかもしれない」

「れ…煉獄さん…もういい、ですから」


 最初こそ穏やかで優しい声色だったものが、段々と不揃いに途切れていく。
 ゆっくりと、だが確実に命を削っている杏寿郎の様を見て、炭治郎はふるふると頸を横に振った。

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