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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第34章 無題



「うぁあああぁああッ!!!!」


 怒号は最後には大きな泣き声に変わっていた。
 嗚咽を漏らし、声を上げ、赤子のように泣く。
 拳を握り締めて泣き叫ぶ炭治郎の思いが、痛みが、伝わってくるようだ。

 その涙がどんな意味を成す涙なのか。
 問わずとも、顔を見ずとも、蛍もわかっていた。

 杏寿郎の死闘を間近で見た炭治郎だ。
 命を削る戦場で戦ってきた身だ。
 だからこそ否応なしに現状を突き付けられる。

 彼が燃やし尽くした命の残火(ざんか)が、どれ程のものなのか。


「……」


 泣き叫び続ける炭治郎の背中を見ていた杏寿郎の双眸が、僅かに丸く見開く。
 じっと少年の剣士らしかぬ感情を剥き出しにした姿に、ふと。口元に優しい笑みを浮かべた。

 剣士らしかぬとも、少年らしい姿だ。
 出会い、触れ合った数は少なくとも炭治郎の真っ直ぐ素直な心は知っている。
 それだけ熱い思いを向けてくれたのだと感じれば感じる程、感情を剥き出した涙が愛おしいものに思えた。

 一呼吸。
 息を繋いで、乱しを正す。

 大きな声は出せない。
 だからこそ涙する少年の耳にも届くように、正した呼吸で声を澄ませた。


「もう、そんなに叫ぶんじゃない」


 穏やかに掛けるような声だった。


「腹の傷が開く。君も軽傷じゃないんだ」


 なるべく途切れないように。震えないように。
 柱として、彼らをまだ導く術が己にあるのならば。


「竈門少年が死んでしまったら、俺の負けになってしまうぞ」


 その言葉に、ずびりと鼻を鳴らした炭治郎の泣き声が萎んだ。

 膝をついたまま、ゆっくりと振り返る。
 両目いっぱいに溜めた涙は頬を濡らしていて、朝日を受けた炭治郎の泣き崩れた表情をありありと照らし出す。

 少年らしい素直な表情(かお)だ。
 優しい笑みを浮かべたまま、眉尻を僅かに下げて杏寿郎は誘(いざな)った。


「こっちにおいで。…最後に、少し話をしよう」


 「最後」
 穏やかな杏寿郎の口から紡がれる言葉に、隊服を握り締めていた幼女の手がぴくりと震えた。

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