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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第8章 むすんで ひらいて✔



「ッあ…!」


 人間、心底驚いた時は時が止まるだなんて言うけれどそれは鬼も同じだった。
 でもそれはほんの一瞬で、息を呑んだ瞬間悲鳴が漏れた。

 痛い。

 痛いなんてもんじゃない。
 片手が溶けてるんだ。
 体の細胞を無理矢理破壊される激痛に、堪らずその場に転がり落ちる。


「ぅっう、ぐ…!」


 痛い。耐えられない。
 それでも耐えないとと、右手の手首を握り締めたまま歯を食い縛る。
 蹲ったまま額を地面に擦り付けて、呻りながら痛みに耐えた。

 悪臭がする。
 優しい藤の花の匂いを消し去る程の、強い悪臭。
 原型を留めていない自分の右手からだ。
 見るに耐えない程形を保っていられない右手は、ただの肉と骨と化していた。

 大変、だ
 死んでしまう
 どうにか、しないと

 死にはしないと頭の隅ではわかっているのに、警告音が鳴り止まない。
 噛み締めた牙が唇に食い込む。
 裂けたそこから血の味がして、更に目の前が真っ赤になった。

 ──あ
 この感覚は、知っている


「ふ、ぅう…ッ」


 尚も蹲ったまま悲鳴とも呻きとも取れない声も漏らす。

 足りない。血が、肉が、足りない。
 継ぎ足さないと。繋げないと。
 腹に、詰めないと。


 カサッ


「!」


 痛みと衝撃に周りは見えないはずなのに、微かな音は敏感に拾えた。
 見えないのに見える。
 ほとんど反射的にそこに左手が伸びていた。

 振るうようにして掴み獲ったのは小さな鉤爪。


「ガアッ!?」


 引き寄せ捕え、押さえ付けた小さな体から動物の声が上がる。
 バサバサと黒い羽根を暴れさせているのは、あの鴉だった。
 異常事態に様子を見に来たのか。


「ぐ、る…」


 腹が減る。
 喉が鳴る。
 目の前の捕まえた得物を喰らえと本能が告げる。

 怪我を負ったのならば喰わなければ。
 体を治す為に必要なものは糧となる食糧だ。
 でなければ生きていけないのは、人も鬼も同じ。


「ギャア! ギャウッ!!」

「ぐる…ッ」


 涎が滴り落ちる。
 牙を寄せれば、押さえ付けた鴉は尚も暴れた。
 それでも相手はただの鳥。
 一度捕えてしまえば喰うのは雑作もない。

 そうすれば、この体もすぐに──


「ぐ…ぅ…」

「ガァッ!」

「ッ…く…」


 歯を食い縛る。

 駄目、だ。

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