第34章 無題
猗窩座の拳の威力は散々見ていた。
肩の形状など残さない威力で吹き飛ばされても可笑しくはない。
だが打撃による効果は痛みだけで、血を見ることも骨を見ることもなかった。
ただその痛みが尋常ではないのだ。
一瞬怯んだ隙に、立て続けに打ち込まれる拳。
肩に、足首に、腰に、手首に。
骨を狙うような打撃は的確に、蛍の体に"痛み"を打ち込んだ。
「ぅうッあ"…ッ」
力無くその場に崩れ落ちる蛍の片腕が、歪にぐにゃりと曲がり地面を叩く。
その衝撃すらも激痛で、蛍は食い縛る歯の隙間から呻いた。
(骨が…ッ)
気を抜いたら意識が飛びそうになる。
ぶわりと全身に悪寒のような冷や汗を感じているのに、拳を打ち込まれたところは熱を持ったように熱い。
先程、無限列車からの落下で身に覚えがあったからこそすぐに理解できた。
(外れてる…!)
的確な打撃は骨をずらし、脱臼に似た症状を蛍に叩き込んだ。
肩も、足首、腰も、手首も。
骨の間接が全て外されている。
切り傷や打撲等の怪我なら今まで沢山負ってきたが、一度に体の間接を外されたことなどない。
命を弄ぶような力量の差に、蛍の顔から血の気が退いた。
「先程の肩の怪我といい、再生はそう早くもないようだな」
地べたに這いつくばる蛍の目前に、数珠を付けた裸足の足が映る。
ひゅーひゅーとか細い息を上げながら視線だけ上げた蛍を、既に全ての怪我を完治し終えた猗窩座が見下ろしていた。
「ほう。お前、鬼狩りの真似事もできるのか」
か細い蛍の呼吸が、ただの瀕死の常人が繋げる息とは違うことを即座に【参】の目が見抜く。
鬼狩りの人間がよく使う呼吸と酷使しているその息継ぎは、体の異常を最小限に抑えようとでもしているのか。
「それ以上面倒な真似をするなら、顎の骨も外すぞ」
告げると同時に、猗窩座の拳は既に蛍の顎目掛けて空を切っていた。