第34章 無題
(あの魚が術の源かと思っていたが…)
弾丸が振り止めば、ぼたぼたと猗窩座の足元に赤い血飛沫が落ちる。
無数に貫いた影は、その屈強な体に穴を空けていた。
精密さや硬度を誇るのは握り潰した金魚の影だけだと思っていたが、違ったらしい。
まだこんな力を持て余していたのかと、血に染まる顔で目の前の女を見やった。
十中八九、力を増幅させたきっかけは杏寿郎を危機に追いやったことだろう。
杏寿郎が蛍への猗窩座の態度に不快感を表したように。
(杏寿郎といい、この女といい。なんなんだ)
鬼殺隊という枠組みだけで繋がっているようには見えない、二人の関係性に顔が歪む。
人間と鬼が共存するだけでも馬鹿馬鹿しいというのに。
想いや絆など、そんな不確定要素で繋がっているのだとしたら尚更。
憶えの無い感情が渦巻くように、どろどろと猗窩座の胸の奥底を黒く変えていった。
これが何処にでもいる男の鬼なら瞬殺していた。
だが蛍は無惨の下に連れて帰らなければならない。
加えて女。
(仕方ない)
猗窩座は異性を殺すことだけはしなかった。
人間の女を喰らったことも一度もない。
だがそれは裏を返せば、殺しさえしなければどうとでもなるということだ。
更には蛍は鬼だ。人間ではない。
「彩千代蛍」
貫通して潰れていた右目が、ぎょろりと眼球を回し再生する。
皮膚に付いた血を振り払うように、筋肉の付いたしなやかな体が動いた。
「肩は治ったようだな」
まるで世間話をするような口調。
それでもその目が一度負傷した肩を見据えた時、ぞくりと蛍の背に寒気が走った。
ゴッ
一瞬だった。
次の攻撃がくると再び蛍が構えた時、既に猗窩座は拳を振り下ろしていた。
反射のように追撃する無数の影が猗窩座を貫くが、それだけでは闘気を纏った拳は止められなかった。
一瞬で背後を取った猗窩座の拳が、蛍の肩を打つ。
鈍い音と共に蛍の体に走ったのは、亀裂のような痛みだ。
「ぁぐ…ッ!?」