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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第34章 無題



「っ…(手足に力が入らない…傷の所為でもあるだろうがヒノカミ神楽を使うとこうなる)」


 ぶるぶると震える手を地面に置いて、体を支え立ち上がろうとする。
 しかし炭治郎の体は中腰止まりで、それ以上視線を上げることができなかった。
 全集中の呼吸で止血をして、杏寿郎の計らいで休息を取れても、回復は思うように進まない。
 慣れ親しんだ水の呼吸ではなく、ヒノカミ神楽を用いた呼吸を扱うと必ず体が軋み機能しなくなるのだ。
 それだけの大きな力を持っているはずだが、それだけの反動も強い。


(助けに入りたいのに…!)


 目の前で柱である杏寿郎が追い詰められている。
 だからこそ杏寿郎から厳しく飛ばされた命令を無視してでも、助けに入りたかった。
 なのに体は思うように動いてくれない。

 隣に立つ伊之助は健在だったが、気圧されたように微動だにしなかった。
 直立不動で立ったまま、一瞬も猗窩座から目を離していない。
 野性的な勘が冴え渡るからこそ、脳と体に危険信号を送り続けているのだ。
 近付けば"死"だと。


「いいか杏寿郎。自分の体の散々足る様を見ろ。そして自覚しろ」


 ゆっくりと人差し指を突き付けるように立てた猗窩座が告げる。


「どう足掻いても人間では鬼に勝てない」


 何百年、何千年も前から決定された法則のように。


 ──ヒュッ


 指差す猗窩座の背後に、黒い影が浮いたのは直後。

 がつん!と重い打撃が猗窩座の横っ面を殴打する。
 腰を低く踏ん張る足はその地から離れることはなかったが、弾くように強打された頭部からぱっと赤い血が飛んだ。


「ッ蛍…!」


 対峙していた杏寿郎の双眸が見開く。
 背後に迫り、空中で身を捻った蹴りが猗窩座の頭部に食い込んでいる。
 その姿は待機させていたはずの蛍だった。


「だったら私と戦え」


 人間が勝てないなどとほざくのならば、人間ではない自分はどうだ。
 煽るように告げる蛍の体中には、黒い影がぞわぞわとうねり纏わり付いていた。

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