第34章 無題
痛みは"熱"のようなものだった。
瞼の下が焼けるように熱い。
確認などせずとも、左目がもう使い物にならないことは理解していた。
「っ伍ノ型」
それでも止まる訳にはいかない。
眼球の一つや二つ、その熱さがなんだ。
それならとっくに脇腹も顔も痺れるような熱さを増している。
「〝炎虎〟ッ!!」
血の味がする喉を震わせ、咆哮する。
一度目よりも巨大な炎の獅子を繰り出す杏寿郎に、猗窩座は片足を上げて体を斜めに構えた。
〝脚式──流閃群光(りゅうせんぐんこう)〟
下から構え、幾度も抉り蹴り上げる足技。
多方向に群れを成す衝撃は炎虎の体に無数にぶち当たり、炎を千切るようにして消し飛ばした。
「ぅおおお!!」
「はぁああ!!」
互いの技がぶつかり合い、土煙が空を覆う。
濁るような空を割って飛び出したのは同時だった。
ドォンッ!!!
真正面からぶつかる二つの気に、空気が揺れる。
「…ぁ…」
激しい攻防。
土煙が砂嵐のように舞っている。
それでも夜の闇をも見通す蛍の鬼の目は、ぎりぎりまで見開いていた。
「杏寿……目、が」
大量の出血。
あばらを砕いた胴。
それだけでも背中に冷たいものは走っていたというのに。
(目が)
確かに見えた、左目の下から溢れる鮮血。
あれだけの出血は、ただ怪我を負っただけでは起こらない。
目を、視力を、奪われてしまったのかもしれない。
その場限りものではない、一生の傷として。
人間の体に代えはないのだ。
「っは…」
どくどくと心臓が動悸を持ち鳴り響く。
抑えるように胸を掴み、蛍は一心に土煙の中を見つめた。
「…ハァ…は…ッ」
蛍の動悸を抱えるような呼吸とはまた違う、荒く乱れた呼吸。
血に塗れた口から吐き零しながら、杏寿郎は土煙の中で佇んでいた。
激しい死闘の中、全集中の止血もままならない体は至るところから血を吹き出し、黒い隊服と砂で汚れた羽織を赤黒く染めていく。