第34章 無題
「ひはァ!」
「ッ…!」
互いの攻撃の激しさは増す中、高らかに咆哮を上げる猗窩座と異なり、杏寿郎の呼吸は乱れていった。
全集中の呼吸により止血は試みているものの、あばらは折れ、打撃により受けた複数の傷口からは血が滲んでいる。
いくつかの止血はできていても、傷口が多過ぎて回らないのだ。
特に額から流れる出血は多量で、重力に従い流れた鮮血は左目を汚した。
「──!」
一瞬、視界が片方遮られる。
即座に足首を捻り後方へと飛んだ。
「遅い」
しかし間に合わなかった。
ガキンッ!
大きく振り被る猗窩座の拳が杏寿郎の顔面を狙う。
咄嗟に日輪刀で受けたものの、かたかたと刃を震わせるばかりで跳ね返すことができなかった。
人間の体力は消耗していくもの。
相反し、鬼の体力には底がない。
それが二人の道を分けた。
「…ぅ」
僅かに踏ん張りが利かなかった。
続く重い猗窩座の拳を受け続けていた杏寿郎の足裏が、びりと痺れる。
瞬くような一瞬だ。
その一瞬の隙を、鬼の拳は見逃さなかった。
細い日輪刀の刃で受けていた拳の重心が微かにずれる。
その微かな力の変動が、日輪刀の盾をすり抜けさせた。
ガッ…!
「ぐ…!」
至近距離でせめぎ合っていた力だ。
大きく振り被り突き落とされるような威力はなかったものの、杏寿郎の顔を殴り飛ばすには十分な力だった。
ぐらりと、杏寿郎の体がよろめく。
二、三歩後退ることで、転倒は防ぐことができた。
しかし猗窩座の拳は、急所である杏寿郎の目玉を強打していた。
瞑った瞼の上から、ぐちゃりと細胞が潰れる音が脳内に鈍く響く。
左目の瞼の下から、じわりと鮮血が滲んだ。