第34章 無題
人間の寿命は精々よくて五十年。
その人生を全うするまでに、一体どれだけの人間が己の才能を開花できるのか。
ほとんどの人間が己の潜在能力に気付きもせずに人生を終える。
(だからお前は貴重なんだ、杏寿郎)
その若さでここまで己を磨き上げられた人間はそういない。
それでも現状に満足せず、杏寿郎なら尚も高みを目指すだろう。
果てなき至高の領域を求める為に。
「これのどこに対話などある。お前も今まで出会った悪鬼と同じだ!」
杏寿郎とならどこまででも高め合える。
そんな期待に胸は膨らむのに、返されるのは拒絶ばかり。
その感情を体現するように、大きく振るう杏寿郎の日輪刀から炎の獣が飛び出す。
虎のような姿をしたそれは激しく咆哮し、牙を剥いた。
「言葉ではなく力で語り合う対話だ! それがお前にはできる!!」
「笑止!!」
獅子よりも巨大な炎虎はその力の大きさを体現しているようで、猗窩座をより高揚させた。
ぴしゃりと跳ね返す杏寿郎の冷たさでさえも楽しませてくれる。
「〝空式〟!!」
ドドドドドッ!!!
迫りくる炎虎を、虚空を打つ拳の連打で迎え撃つ。
その度に炎虎の体は散り散りに火の粉を上げ、猗窩座の頸に牙を届かせる前に焼失してしまった。
「今まで出会った鬼に、俺のような力を持つ者はいたか?」
それこそ笑止千万。
何せ自分より強い鬼は、この世に三人しかいないのだから。
鬼の始祖、鬼舞辻無惨。
上弦の壱、黒死牟。
上弦の弐、童磨。
彼らが鬼殺隊の柱と出会っていたなら、必ずその命を潰していたはず。
だからこそ歓喜してしまうのだ。
彼らに一度も出会わず、真っ先に自分と出会ってくれたことに。
「お前の力を認め、仲間へと誘う鬼などいなかったはずだ。今後もそんな鬼など出てこないぞ。さあ俺の手を取れ、杏寿郎」
何度目になるかわからない手を差し出す。
この手を一度でも取ってくれたなら、今までのことは全て水に流すつもりでいた。
自分は鬼だ。
手や足の数十本くらい、何度だってくれてやる。