第34章 無題
ぎょろりと剥き出す双眸の奥には、ぎらぎらと煮え滾るような炎が燃えている。
静かだが神経を尖らせる、ぴりりと殺気立つ声。
先程とは一変した杏寿郎の形相に、ぞくぞくと背中が震え立った。
「俺をもっと楽しませてくれ!」
杏寿郎の殺気が増せば、比例するように猗窩座の闘気も増す。
その膨張する威圧に押され、動けないままでいた蛍が、意を決すように手を地に着いた。
「動くな。君はそこにいろ」
その一挙一動が細かに見えているかのように、杏寿郎は鋭い視線を猗窩座に向けたまま言い放った。
炭治郎を制した時とは違うその声は、静かで端的なもの。
それでも蛍の動きを止めるには十分な力を持っていた。
はいともいいえとも言えず、声無き声を飲み込む。
蛍のその視線の先で、燃え盛る炎の呼吸と底冷えする青白い闘気はぶつかり合った。
「成程お前にとっての起爆剤があの鬼か! 面白い!!」
「今目の前にいるのは俺だ。余所見をするな」
僅かに見えていた杏寿郎の疲労は、瞬く間に消えてしまったかのようだ。
猗窩座の嬉々として繰り出す無数の拳を紙一重で躱し、また刃で受ける。
その間にも虎視眈々と得物を狙うように、鋭い一撃が既に血を止めた猗窩座の頸を掠めるのだ。
「ああそうだなッ俺とお前の対話だ!」
猗窩座の口角がより高くつり上がる。
がきん!と鋼のような音を立てて拳を刀の峰(みね)で受け止めた杏寿郎は、その力が刃を伝い己の肉体に届く前にくん、と手首を捻った。
拳を受けると同時に力を他所へと逃がす。そうして闘気を増した猗窩座の攻撃も、幾度となく躱しては距離を詰めていく。
見ているだけなら簡単そうに思えても、これだけ大きな力を相殺させるにはコンマ単位での刀を扱う技術を要する。
何百年と戦闘に身を置いてきた猗窩座だからこそ気付けた杏寿郎の力量に、益々感情は揺さぶられた。
それだけの技術を、たった二十年しか生きていない人間が身に付けているのだ。
途方もない血の滲む努力を己に刻める精神力と、それに応えられるだけの才能を持ち合わせた者。
そんな逸材は、五十年に一度出会えるか否かだ。