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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第34章 無題



 どくり、と心の臓が嫌に震えた。

 自分の意思を一つ飛び抜けて行動する朔ノ夜だが、やはり蛍自身の術だからか。漠然と繋がっている気配はあった。
 その気配が、ぷつりと途切れたような気がしたのだ。


「さ、く…朔…っ」


 語尾が震える。
 何度呼ぼうと、意思を交えようと、視界にも精神にも呼応はない。


(なんで…っそんな…!)


 術者である蛍自身は怪我など一つも負っていない。
 なのに術だけが朽ち果てることなどあるのだろうか。

 目を見開く。
 土を掻きむしる。
 声が出ない。


「それ以上の足掻きは無駄だ。お前の術は砕式で"割った"」


 淡々と告げる猗窩座の言葉も理解できなかった。

 割ったとは何か。
 見た目通りのことをしたのか。
 それだけのダメージを朔ノ夜は受けたのか。

 まさか、死──


「壱ノ型」


 コォ、と熱風のような呼吸音が猗窩座の耳に触れる。
 はっと顔を上げると同時に、自由になった足で割れた地面を蹴り上げていた。


「〝烈火・不知火〟」


 勢いを増した連なる篝火が目の前に迫る。
 二度、三度と地面を蹴り距離を取る猗窩座の手は、もう影の残骸も掴んではいない。


「落ち着け蛍」


 炎の呼吸を纏ったまま、静かに日輪刀を構えた杏寿郎が蛍を呼ぶ。
 その目は敵である猗窩座しか見ていない。
 それでも杏寿郎には、手に取るように蛍の姿が理解できた。

 絶望に満ちた顔をしているはずだ。

 長い時間をかけて己の異能を受け入れた蛍だ。並々ならぬ決意で朔ノ夜に名付けたことを知っている。
 ただの力の一部ではなく、朔ノ夜という"個"として受け入れたことを知っている。


「朔ノ夜は死んでなどいない。陽の力に臆さない者が、力だけに潰されることはない」


 断言するように言い切る杏寿郎に、歪んだ蛍の顔が向く。


「(陽の光を?)…成程な。無惨様から直々に命令が下される訳だ」


 杏寿郎のその事実には、猗窩座も興味を抱いた。

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