第34章 無題
「素晴らしい、見事だ!」
その炎に焼かれれば、猗窩座の体も無傷ではいられない。
今まで出会った剣士の中で、随一に磨き上げられた呼吸の技の持ち主。
それがわかるからこそ誘わずにはいられないのだ。
今まで数百年と生きてきて、出会えたことのない人間だったのだから。
「〝空式〟!」
紙一重に裂けた炎は、じりりと猗窩座の剥き出しの肌を燃やす。
その炙るような痛みに煽られるように、猗窩座も虚空を放つ拳を打ち込んだ。
赤々と闇を照らすような炎と、青白い殺気を含む闘気が交差する。
延々と続くかのような激しい攻防に、ごくりを喉の奥で嚥下したのは伊之助だった。
(隙がねぇ…入れねぇ…動きの速さについていけねぇ。あの二人の周囲は異次元だ)
炭治郎のように体が動かせない訳ではない。
それでも助太刀に入ることができなかった。
杏寿郎の忠告を素直に聞き入れたからではない。
伊之助の獣育ちの常人離れした肌が、悪寒のように小刻みに震えて警告していたからだ。
あの二人の間合いに入れば、自分に待っているのは〝死〟しかない。
助太刀に入ったところで足手纏いにしかならないとわかるからこそ、動けないのだと。
この場で動けるのは、柱である男と上弦の鬼の二人のみ。
「…っ」
──では、なかった。