第34章 無題
ボッ!!
まるで小規模な爆発のようだった。
渾身の力で薙ぎ払った杏寿郎の刃は、猗窩座の頸を落とすまでには至らないもののその強靭な体をいとも簡単に吹き飛ばす。
列車が走っていたのは左右が森に囲まれた山道だ。
たちまちに生い茂った木々の中に消えた猗窩座の姿が、目視できなくなる。
鬼にとって夜目が利く闇の中は人間よりも有利に働く。
尚且つ、物理的な物で邪魔をされては僅かな勝機も見失ってしまう。
潜伏されて奇襲をかけられては厄介だ。
そうすぐに結論付けた杏寿郎もまた、後を追うように森の中へと突撃した。
ザザザザ
列車が倒れていたのは、草の生えていない荒れ果てた荒地だった。
其処とは異なる森の中は、草木の音で侵入者の居場所を示す。
猗窩座は好戦的な鬼だ。
身を潜め隠密的に戦うよりも、派手に動いた方が誘き出し易い。
「良い動きだ」
「ッ!」
見失わないようにと走り続けていれば、予想通りに猗窩座の方から嬉々として姿を見せた。
ただしその移動は集中していなければすぐに見失ってしまう程のもの。
まるで瞬間的に風景を切り取ったかのように、目にも止まらない身のこなしで杏寿郎の前に現れる。
「っく…!」
「はっはァ!」
咄嗟に頸を逸らし、顔面に叩き込まれるはずだった拳を避ける。
楽しそうに笑ってはいるが、猗窩座の一打一打は一つ受ければ致命傷になり兼ねない。
しなる蹴りを刀身で受け止めるも力までは相殺できなかった。
足場の不規則な森の中では、咄嗟の踏ん張りが効き辛い。
ドォンッ!
先程の猗窩座とは立場が反転したかのように、今度は杏寿郎の体が森の中から再び列車の転がる荒地へと吹き飛ばされた。
衝突したのは、線路の道を作る為の丘。
その傾斜へ背中から叩き付けられた杏寿郎は、たちまちに土煙に姿を覆われた。
「れ…っ煉獄さん!」
「ギョロギョロ面ん玉…!」
常人ならば気絶しても可笑しくはない衝撃だ。
声を張り上げる炭治郎と伊之助に、応える声はない。