第34章 無題
「誰もがそうだ人間なら! 当然のことだ!!」
激しい斬撃を繰り返しながら、返す杏寿郎の声色にも隙はない。
最初に既に告げていた。
限りある命を持つ人間だからこそ、儚く尊いのだと。
そんな彼らが愛おしいのだと。
故に永遠に猗窩座の意見とは交じり合うことはない。
「な…ッんだこりゃあ…!」
志から、生き方から、正反対な二人。
その激しい攻防に吸い寄せられるように、近付いた人影があった。
炭治郎を刺した駅員をどうにか横転した列車から引き摺り出し、一命を取り留めさせた伊之助だ。
他にも救うべき負傷者は大勢いて、猗窩座が到着した轟音を耳にしていてもすぐには駆け付けられなかった。
どうにか最も救助を優先すべき人々を列車から離した後、ようやくその音の原因を伊之助の目は捉えることができたのだ。
罪人のような紋様を体中に刻んだ異様な鬼。
その鬼と対峙しているのは杏寿郎ただ一人。
「く…っ」
駆け付けた伊之助の手前で、座り込んでいた炭治郎の頭が揺らぐ。
歯を食い縛り、どうにか立ち上がろうとした。
「動くなッ!!!」
ほんの些細な動作だ。
なのにまるで背中に目でもあるかのように、杏寿郎は視線だけを流して炭治郎を一喝した。
「傷が開いたら致命傷になるぞ! 待機命令!!」
この場で手負いの炭治郎ができることは何もない。
そう告げているかのようだった。
鋭い杏寿郎の一喝に、びくりと体が硬直する。
そのまま動けなくなった炭治郎は、再び地面に手をついた。
「弱者に構うな杏寿郎! 全力を出せ!!」
指示を出す杏寿郎にも容赦なく猗窩座の拳の雨は降り続ける。
紙一重でそれらを躱し、瞬くような一瞬の隙を突いて強靭な腕を斬り落とす。
何度も、何度も。
「俺に集中しろ」
それでも猗窩座の口元から笑みが消えることはない。
杏寿郎の暴発するような炎の斬撃でさえも、楽しむように受けている。