第34章 無題
「何度でも言おう。君と俺とでは価値基準が違う。俺の今感じている憤りの半分も感じ得られない君とでは」
人間を見下すだけではない。
鬼の在り方にしても、猗窩座とは何から何まで合うことはないだろう。
「蛍が鬼の体の中で人の心を育てたように、向き合う己は人間であるからこそ意味を成す」
蛍にも以前、伝えたことだ。
力を必要とする鬼殺隊の柱であったとしても、鬼の異能を欲したことはない。
どんなに魅力的なものであっても、人として強くなることを杏寿郎は望んだからだ。
「だから如何なる理由があろうとも俺は鬼にならない」
再度告げる。
決して折れない杏寿郎の意志を悟った猗窩座は、静かに瞳を細めた。
「そうか」
猗窩座は、上弦の弐である童磨よりも長い時を生きた鬼だった。
その長い時の中で出会い、見てきた人間を知っているからこそ。杏寿郎に何を言っても無駄だということは、短時間でも理解できた。
ならば。
──ドンッ
左手の拳を握り脇に添え、右手の掌を前に突き出す。
腰を低めて足を開き、武闘の構えを取る猗窩座の地を踏み鳴らした足場から、威圧が走った。
猗窩座の体を中心に、四方八方に浮かび上がる雪の結晶のような紋様。
それは冷たく怪しい光を浮かせながら、壱(いち)から拾(じゅう)までの漢数字を示す。
己の肉体を武器とする猗窩座の持つ血鬼術は、術式展開。
〝破壊殺(はかいさつ)・羅津(らしん)〟は、その肉体の精度を上げる陣である。
「待っ──」
青白い雪結晶の陣に照らされる猗窩座の体が、不気味に夜の闇に浮かぶ。
体中を無数に走る幾何学模様は、昔に罪人の体に刻まれていた入れ墨のようにも見えてぞっとした。
咄嗟に地に手をついた蛍が身を乗り出し叫ぶ。
「鬼にならないなら殺す」
それよりも速く、猗窩座は地を蹴り跳んでいた。
脇目もふらずに挑んだ先は、刀を構える杏寿郎ただ一人。