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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第34章 無題



 張り詰めていた空気が、ぴきりと軋んだ気がした。


「身体は鬼であっても、そこにあるのは人の心だ。歩む速度の違う者を愛おしみ、守り、共に在ろうとしている。その並々ならぬ蛍の覚悟を、君は知らないだろう」


 鬼の持つ体質、能力。そんな上辺のものしか見ていない猗窩座には理解できないことだと、杏寿郎は言葉無く諭した。

 蛍の覚悟を理解できていれば、悪鬼などに成り下がりはしない。
 その時点でどの鬼とも蛍は違うのだ。
 猗窩座の言う鬼と同じ枠でなど見られようか。


「ただ〝鬼〟であることだけで彼女を括ることは俺が許さない。それもまた俺にとっては侮辱と同じだ」

「……」

「故にそれ以上の発言を彼女に向けることは許さない」


 言葉にさせることすら耐え難い。

 誰よりもその身を理解しているのは蛍自身だ。
 己の器に見合わぬ心を入れて生きるなど、茨の道でしかない。
 それでもそれを選び取ったのは蛍自身だ。

 そんな蛍に、彼女の覚悟の欠片でさえも持っていない他人の鬼が、これ見よがしに語るなど。
 そんな侮辱を、これ以上向けさせることすら許し難いのだ。

 淡々と、粛々と。
 それでも威圧を伴う杏寿郎の言葉に、息を呑んだのは蛍だった。
 鮮やかな緋色の目が杏寿郎を映し出し、感情に揺れる。


(──ああ。やっぱり)


 例え世界に否定されようとも、ただ一人でも自分の全てを受け入れてくれる。肯定してくれるその存在があるだけで、こうも世界は彩りを変えるのだ。
 どこまでも歩いていけると思える程に。

 俯いていた顔を真っ直ぐに上げて、蛍は背筋を伸ばした。

 目の前の上弦の鬼に理解されなくとも構わない。
 視線の先にある彼が、迷いなく自分を見てくれている。

 ただそれだけで。

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