第34章 無題
ドォンッ!
まるで二度目の列車事故が起きたような衝撃だった。
陣を展開し戦闘態勢に入った猗窩座と、炎の呼吸を纏った杏寿郎が正面から衝突する。
怪我人が続出し、その救出を行っていた伊之助が一瞬、足を止める程だ。
反して禰豆子を抱いて庇い立ちながら事故と遭遇した善逸は、意識を失い倒れたままだった。
(目で追えない…!)
唯一剣士として二人の衝突を見ていた炭治郎は、その圧巻さに開いた口が塞がらなかった。
見えないのだ。
目の前で鬼と柱がぶつかり合っているというのに、残像のような攻撃の切れ端が光として炭治郎の視界を照らすだけで。
青白い猗窩座の拳の呻りと、焔色の杏寿郎の炎の飛沫だけが空中を走っている。
「今まで殺してきた柱達に炎はいなかったな。そして俺の誘いに頷く者もいなかった! 何故だろうな?」
夜の闇の中で、残像のように赤い軌道が走る。それ程に鋭く速く繰り出される杏寿郎の斬撃。
それら全ての斬撃を受ける猗窩座は己の拳一つ。刃の側面に拳を叩き付けるで受け止め、いなしていた。
そうして日輪刀を構える杏寿郎相手に、猗窩座は余裕綽々に丸腰のまま、素手で戦っていた。
その態度は言葉にも現われ、まるで会話をするように問いかける。
「同じく武(ぶ)の道を究める者として理解し兼ねる。選ばれた者しか鬼にはなれないというのに!」
杏寿郎にどんなに諭されようとも、猗窩座もまた己の意志を曲げる気はなかった。
自分そのものが〝鬼〟なのだ。
体現し生きてきた道を、ただの人間に諭されたところで何が変わるはずもない。
例えそれが、人間と共に生きる鬼を見つけたとしても。
「はァッ!」
それでも物理的に物を断つ為に作られた武器と、生身の肉体。
尚且つ鬼だけを斬る為に特化された杏寿郎の日輪刀は、猗窩座の伸ばした腕に食い込むことができた。
手首を捻り、即座に角度を変える。
下から振り上げるように斬撃を転換させると、ざしゅりと刃は青白い鬼の腕を断ち切った。
鮮やかな赤い血飛沫が宙を舞う。