第34章 無題
「お前の主張する強さというものは甚だ理解し兼ねるが、それを言うのならばこの女を迎え入れていることも理解し兼ねる。老いることもない。死ぬこともない。儚さなど持ち得ない"鬼"を何故手元に置く?」
猗窩座の主張は尤もだ。
何も言い返せないのは視線を向けられた蛍で、口を開くこともできずに下唇を噛む。
長い間、共にいたのだ。
杏寿郎の姿勢や思考はよく知っている。
猗窩座が言う弱者を尊い目で見つめ、愛おしみ、守ろうとするその姿はよく知っているのだ。
それでも悠久の時を生きる、鬼である蛍を好いたと言ってくれた。
自分の思考に沿わない想いだからこそ、生半可なものではないことも語ってくれた。
「支離滅裂だろう」
それを何も知らない癖に、と。
言いたくなる言葉を呑み込んで、蛍は視線を伏せた。
そんなこと知っている、とも。
言いたくなる思いを抑えて、唇を噛み続ける。
鬼として永遠に生きられることを望んでなどいない。
それが良いものだとも捉えていない。
だからこそ猗窩座の主張が刺さる。
人間を辞めてしまった者を、愛する価値があるのか。
そう言われているような気がしたからだ。
「人間にはない鬼の強さを、お前も理解しているのだろう。杏寿郎。だから手元に置いたのではないのか。それは俺の言う"強さ"に着目したことと何が変わらない」
答えられるものならば答えてみろ。
そう言うかのように、猗窩座の手が座り込んだままの蛍を示す。
「どうだ、何か言ってみ」
「それ以上は聞き捨てならない」
しかし更に煽ろうとした猗窩座の言葉は、被せるように発した杏寿郎の威圧ある声に止められた。
「己の立場も、この世での在り方も、人と鬼との埋められない差異も、彼女はよく知っている。今まで何度も噛み締めてきたことだ」
静かに諭していた杏寿郎の無表情とも取れる顔に、僅かに感情が浮かぶ。
眉間に深い皺を刻んで、静かに猗窩座を睨み付けた。
「そんな今更なことを、正論のように彼女に向けるな」