第34章 無題
(今まで会った鬼の中で一番、鬼舞辻無惨の匂いが強い。俺も加勢しなければ…ッ刀は何処だ…ない…ない…!)
どうにか寝返りを打って仰向けからうつ伏せへと変えた炭治郎が、必死に辺りを見渡す。
夜の闇の中では、炭治郎の黒い日輪刀は余計に見つけられない。
列車が横転した際に取り落としてしまった己の得物を見つけられず、歯を食い縛った。
「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ」
そんな炭治郎の前に守るように立つ杏寿郎は、声を静めた。
鬼ではないが、物心ついた時からその鬼というものを学び、対峙し、目の当たりにしてきた。
だからこそ猗窩座の誘い文句など今更だった。
「老いるからこそ死ぬからこそ、堪らなく愛おしく尊いのだ。強さというものは肉体に対してのみ使う言葉ではない」
肉体のみで言えば、全て猗窩座の言う通りだろう。
人間は鬼の幼児にさえ体力は勝らないかもしれない。
しかしそれがなんだというのだ。
杏寿郎の知る強さは、決して"力"だけのものではない。
例え鬼の頸を狩る力がなくとも、亡き母には母にしかない強さがあった。
その強さに支えられて、自分はここまで歩んで来られたのだ。
母の言葉が、崩れ落ちそうになる自分の精神を守ってくれた。
父や己にしかない、鬼を狩る能力があるように。
母や千寿郎にしかない意志の、心の、強さがある。
魘夢の血鬼術を一人で破った炭治郎にもまた、精神に宿る強さがある。
それは年齢や階級などは関係ない、その者だけが持つ"強さ"だ。
「この少年は弱くない。侮辱するな」
静かな声で威圧する。
杏寿郎の諭すようなその言葉に、日輪刀を探していた炭治郎の顔が上がる。
震えそうになる唇を噛み締めて、真っ直ぐに炎の羽織を背負う男の背中を見つめた。
「そうか。ではお前の言う"尊いもの"と相反する俺達は、この世界には必要性のないものという訳だな」
「俺達」と告げた猗窩座の目が、後方に座り込んだままの蛍を視線で差す。