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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第34章 無題



「君と俺がなんの話をする? 初対面だが俺は既に君のことが嫌いだ」

(…わあ)


 淡々と声色を変えずに告げる杏寿郎の表情筋は、ぴくりとも動いていない。
 その様に蛍は思わず目を瞬いた。

 煉獄杏寿郎という男は、基本的には誰にでも友好的な人間だ。
 初対面で噛み付いてきた風柱の不死川実弥にも「熱い心の持ち主」と笑顔で褒め称えた程だ。
 その懐の広さに比例するように、老若男女問わず人気がある。
 だからこそ宇髄天元に"人たらし"と呼ばれるのだ。

 そんな杏寿郎が、初対面からばっさりと他人を切り捨てるのは珍しい姿だった。
 はっきりと嫌いとまで言わしめたのは、相手が鬼だからだけではない。

 炭治郎の命を有無言わさず潰そうとしたこと。
 そして何より蛍の命を今も尚握っていることにある。

 蛍を背後に置いてこちらを向いているというのに、一部の隙も見当たらない。
 男の目を盗んで蛍を奪還するのは現時点では無理に等しい。
 男を倒さなければ、蛍の無事は保証できない。


「俺も弱い人間が大嫌いだ。弱者を見ると虫唾が走る」


 杏寿郎の冷たい否定に、男は口角の緩みを止めなかった。
 まるで「だから殺そうとした」と、炭治郎のことを弱者と間接的に告げるような物言いだ。


「俺と君とでは物事の価値基準が違うようだ」

「そうか。では素晴らしい提案をしよう」


 肌に浮かばせていた血液も、今や一滴も見当たらない。
 完全に完治した腕をゆらりと上げて、誘うように男は杏寿郎へと差し出した。






「お前も鬼にならないか?」






 無意識に蛍の喉が嚥下する。
 息を呑むように、すぐ目の前にある男の背中を凝視した。

 今まで何人もの悪鬼に出会い、その頸を杏寿郎と共に跳ねてきた。
 そのどの鬼もが人間を蔑み、見下し、餌としてしか見ていなかった。
 鬼になれと誘う鬼など、一人もいなかったというのに。


(今、なんて)


 この男は迷うことなく杏寿郎へと手を差し伸べたのだ。

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