第34章 無題
一目見て鬼とわかる男に担がれているのは、今まさに捜しに行こうとしていた人物。
彩千代蛍だった。
──ドクン
同じに担がれたままの蛍の目が、杏寿郎と炭治郎を捉え驚く。
──ドクン
仰向けに倒れたままの炭治郎は、逆さまの世界で同じものを見ていた。
(蛍!?…と、上弦…の、参?)
息を呑む、瞬きのような一瞬の時間。
己の鼓動の一つ一つが、酷くゆっくりに聴こえる。
(どうして──)
何故。何が。起こったのか。
全てを疑問視する前に、誰よりも一歩先に動いたのは轟音の主。蛍を担いだ鬼だった。
助走もつけずに再び地を蹴り跳び上がる。
その体は一直線に炭治郎へと狙いを定めた。
片手で蛍を担いだまま、残る片手で拳を握る。
びきびきと血管を浮かせる程に圧をかけた拳を、一直線に振り下ろしたのは炭治郎の顔面。
〝弐ノ型──昇り炎天〟
見開く炭治郎の瞳が、瞬く暇もなかった。
呆気に取られて見上げた視界の中で、炎の刃が輪を描く。
下から振り払った斬撃は、炭治郎の顔に届く前に鬼の拳を垂直に割った。
「ッ!」
男の拳を縦に斬り裂いたのは杏寿郎だ。
それと同時に前へと踏み出し手を伸ばす。
掴もうとしたのは蛍の体。
しかしその手が触れる前に、男は再び跳躍し、軽い身のこなしで背後へと退いた。
「ッぅ」
ダン!と強い足踏みで男が再び地面に着地する。
その反動で揺れた蛍は、顔を歪めて唇を噛んだ。
怪我をしているのか。一目で見抜いた杏寿郎の顔に険しさが増す。
蛍が負傷していることもそうだが、この一瞬でその身を奪還できなかった。
それが何より気持ちを焦燥させた。
鬼が現れてから、全てはほんの数秒の出来事だ。