第34章 無題
「俺もそんなに時間を使う気はない。此処には救助しなければならない人々がいるからな」
「じ、じゃあ俺もそっちに」
「君は一等体の負担が大きい。今は体を休めることが先決だ。幸い、猪頭少年と黄色い少年と君の妹は健全の身。彼らに乗客の救助にあたってもらうから心配することはない」
それでも己の不甲斐なさに顔を歪める炭治郎。
その額に、ぽむちと今度は杏寿郎の掌が触れた。
「気持ちはわかる。その心意気も鬼殺隊士として立派なものだ。それでもこの先、更なる人々の命を救いたいのならば現状を見極めろ。今此処で無理することは何一つ君の為にならない」
「…っ」
「猪頭少年達は、共に戦ってきた者だろう? ならば仲間を信頼することだ」
「…は、い」
杏寿郎の言う通りだ。
信頼しているからこそ、その背を押せなければ。
苦々しくも頷く炭治郎は、反発ではなく受け入れた瞳をしていた。
額に重ねていた手を退けて、ふと杏寿郎の口角が緩む。
それだけ真っ直ぐな志を持った少年なのだろう。
好ましい少年だ。
(胸を張れ、少年。今宵生き残れた者達は全て、君が救った命だ)
魘夢を斬首に至れたのは、炭治郎と伊之助のお陰だ。
後で大いに称賛しなければと一つ頷くと、杏寿郎は腰を上げた。
「蛍もこちらへ向かっているだろう。すぐ戻って来れるはずだ。万が一何かあれば、君の鎹鴉を──」
飛ばすと良い。
その言葉は最後まで形にならずに掻き消えた。
──ドォンッ!!!
突如鼓膜を震わせるような轟音が、その場に響いたからだ。
凄まじい衝撃だった。
びりびりと空気が震えるような感覚が、杏寿郎と炭治郎の肌に伝わる。
轟音が響いた場所は、衝撃によりクレーターのように土が抉れている。
その中心に、音の出所は〝いた〟。
明かりのない、暗い夜空の下。
衝撃により巻き起こる土煙の中にいたのは、二人の人影だった。
クレーターの中心に屈み込み、右手の拳を地につけている男。
そしてその男に俵担ぎをされている女。
──ドクン
暗闇でも光を失わない杏寿郎の金輪の双眸が、見開いた。