第34章 無題
ほんのりと群青色に染まる夜空。
「全集中の常中ができるようだな! 感心、感心!」
そこに突如逆さまの顔を覗かせたのは、闇夜でも金色(こんじき)に主張する焔頭を持つ男。
煉獄杏寿郎だった。
「煉獄さん…」
「常中は柱への第一歩だからな!」
逆さまに見えたのは、炭治郎が未だ倒れたままだったからだ。
起き上がる気力もない炭治郎とは違い、先程同じ列車に乗っていたのかと疑いたくなる程、杏寿郎は日常と変わらない姿をしていた。
五体満足。疲れた様子もない。
「柱までは一万歩あるかもしれないがな!」
口元は笑ったまま。はきはきと遠慮なく告げる姿勢も、炭治郎が初めて産屋敷耀哉の庭で出会った姿勢を思い起こさせるようだ。
「…頑張ります…」
それでもあの時、鬼を連れた隊士は斬首だと告げていた杏寿郎とは違う。
お館様が認めたのならばと目を向け、耳を傾け、口を開いてくれた。
顔を引き締めながら応える炭治郎の姿を、頭から爪先まで杏寿郎の視線が追う。
その目は駅員に刺された脇腹の怪我を即座に見つけ出した。
「腹部から出血している。もっと集中して呼吸の精度を上げるんだ。体の隅々まで神経を行き渡らせろ」
「は…ハ…ッはァ…」
「血管がある。破れた血管だ」
先程の闊達な声が嘘のように、淡々と静かに命を下す。杏寿郎のその声には不思議と逆らう気など起きなかった。
言われるままに神経を集中しようとすれば、満身創痍な体は悲鳴を上げる。
「もっと集中しろ」
息が乱れる。
呼吸が苦しい。
それでも杏寿郎の指示は止まることなく続いた。
「ハァ…ッ──」
言われるがままに神経を、意識を、尖らせる。
全集中の常中と同じ道理だ。
体中を巡る血液に集中していくと、まるで脳裏に浮かぶように細かな毛細血管が糸のように感じられた。
滑らかに続く糸の先で、ぷつりと途切れているような違和感を見つける。
「そこだ。止血。出血を止めろ」
炭治郎のその些細な変化を見逃すことなく、的確に杏寿郎はその場の対処法を告げた。