第4章 柱《壱》
──────────
「今宵はよい月が出ているな!」
「……」
外出という誘惑に負けて、誘いに乗ってしまった…不覚。
とは思うけど、確かに彼の言う通りに空には綺麗な月が昇っていて足を止めた。
凄く久しぶりに見た。
大きな月が近い。
「そうは思わないか!?」
「……」
だけど返そうにも言葉一つ返せない。
渋々頷けば「そうだろう!」と満足げな返事が飛んでくる。
私は満足じゃない。
何故なら言葉を発することを妨げられているからだ。
「…ふご」
どうにか発しようすれば、くぐもった情けない声しか出ない。
煉獄杏寿郎が持っていた竹筒は、今は私の口に側面を咥えるようにして嵌(は)められている。
これはどうやら口枷の類らしく、鬼である私が人間を襲わないようにとの意図なのだろう。
理由はわかった。真っ当だと思う。
でも私には凄く邪魔なものだ。
息がし辛いし、常に口を開けているから唾液が垂れないよう気を付けないといけないし、何より何も話せない。
…私と話がしたかったんじゃないのかな、この人は。
「こういう月は、酒を飲みながら拝むとより一層綺麗だと父が──…」
「?」
父が?
言い掛けた言葉を呑み込む彼を見上げれば、途端にくるりと向いた目と合った。
「行こうか。折角の散歩だ」
先を歩き出す彼に、結局渋々とついて行く。
私に口枷以外の束縛は何もない。
この背を追わずに逃げ出そうと思えば、できる。
でもできない。やりたくないんじゃなくて、それは不可能だと直感でわかるから。
無闇な束縛がないのは、きっとこの男だから許されていることなんだろうと思う。
鬼になると、人間の時は感じなかった五感が鋭くなる。
巡らす視線や呼吸の音、足音の気配や抜刀の速さ。
此処へ来てそんな人間達を長いこと視ていると、そこに差があるのもわかった。
冨岡義勇とこの男は等しく強い。
私が逃げようとする素振りを見せれば、即座に斬られてしまうだろう。