第34章 無題
何より魘夢の計画の大きな壁となったのは、二人の男女だった。
柱である男と、鬼である女。
二百人もの人質を取ったようなものだったはずだ。
絶対的に有利だったのは魘夢だったはず。
それを覆したのは、尋常ではない速さで列車内を駆け巡った炎の呼吸。
魘夢の操る肉触手が乗客の奪う前に、全てを焼き焦がすように斬り落とされた。
男が乗客にそれだけ集中できたのは、それ以外の列車を覆う肉触手は全て鬼の女が操る血鬼術で抑え付けられたからだ。
禰豆子という鬼の少女は肉弾戦を用いていたが、成人の身形をした蛍という鬼の女は段違いの術を用いていた。
己の影を媒体とし、そこから列車全体を覆う程の影を生み出すという。
頸を斬られ列車が応援した時も、影は膨張する魘夢の肉と共に触れ上がり、衝撃から人間を守っていた。
魘夢の肉とは違い、人々を押し潰すことはなく包むように柔らかなシャボンのような形状へと変えて。
それも横転事故が納まれば、瞬く間に萎んで消えていった。
術を操る蛍自身は、途中で走り続ける列車から落下していたはず。
なのにまるで意思をそこに宿すかのように、影は大いなる力を適所で振るったのだ。
魘夢の夢の術を破った者。
魘夢の力を抑え付けた者。
二百人の乗客を守った者。
横転する列車を抑えた者。
今回列車に乗り込んだ鬼狩りの誰か一人でも欠けていたら、この場で消えゆく命は魘夢だけではなかったはずだ。
その誰もが適材適所を知っていたかのように、己の力を発揮した。
紙一重だった。
だからこそ魘夢の中で尽きない後悔が膨れ上がる。
あそこでああしていれば。
今まで夢を見せてきた人間達が抱えていた、現実を直視できないでいる後悔。
それと同じものであることを、魘夢自身は気付いていない。