第34章 無題
(呼吸を整えろ、早く…怪我人を…助けないと…)
呼吸は乱れたまま。
瞼も重い。
体は金縛りにあったように動かない。
(禰豆子…善逸…煉獄さん…蛍…きっと無事だ、信じろ…)
伊之助は無事だった。皆も無事だろうか。
自分達はまだ横転することがわかっていたが、それでもこの有り様だ。
車内にいた禰豆子達は、咄嗟の受け身も取れなかったかもしれない。
それでも共に命を懸けて戦ってきた身。
きっと彼らは無事だろうと、願いを込めて思い馳せる。
「──…」
そんな炭治郎から少し離れた列車の瓦礫の下で、うごめく肉塊があった。
列車を覆っている肉塊から切り離され。弱々しく震えながら、ぼろりと肉の端を崩れさせていく。
それは魘夢の尽きていく命の欠片。
最後の残骸だった。
どんなに体を再生しようとしても、崩壊していくのを止められない。
弱々しく地べたを這い、人間の姿を保つこともできない。
頸を斬られてもその命が、細胞が全て尽きるまで、意識はあり続けるのだ。
それが〝鬼〟という存在に成り果てた罰だとでも言うかのように。
──負けたのか? 死ぬのか? 俺が?
──馬鹿な…馬鹿な!
ぎょろりと肉塊に浮かぶ二つの目玉。
【下弦】【一】と浮かぶその目が、憎々しげに眉間もない細胞を軋ませる。
残骸である魘夢の中では後悔と憤り、そして腹立たしさぐるぐると出口を失い感情を膨らませていた。
こんな姿になってまで、こんなに時間と手間をかけてまで、綿密に考え出した計画。
列車と融合し、一度に二百人以上の人間を喰らう。
なのに結果的に、たった一人の人間を喰らうこともできなかった。
人間を喰らわねば力は付けられない。
無惨に血を分け与えられ絶大な力は手に入れていたが、それでもそれ以上の強さは見込めなかった。
故に敗北した。
炭治郎の突破口を閃く思考も。
伊之助の並外れた勘の良さも。
禰豆子の鬼にだけ発揮する血鬼術も。
善逸の意識を落としたまま戦闘を可能にする技術も。
全てが魘夢の計画を阻止する枷となった。