第34章 無題
脱線した列車は頭を高く突き上げ、左右へと体を振り、何度も地面に当たっては跳ね上がった。
何度か打ち付けた後、ギャリギャリと鉄を削る悲鳴と火花を上げて、地面を擦れ進む。
ようやく動きが止まったのは、何百mも進んだ後だった。
その間に弾かれ飛ばされた炭治郎の体が、地面へと打ち付けられて転がる。
受け身も取れずに転がり落ちた炭治郎へと真っ先に駆け寄ったのは、奇跡的に五体満足な伊之助だった。
「大丈夫か!! 三太郎ッ!!」
いつものように名前を間違えるのは常備運転。
炭治郎に比べ活気ある伊之助は、膨張した魘夢の肉壁により衝撃から助けられていた。
「しっかりしろ! 鬼の肉でばいんばいんして助かったぜ! 逆にな!!」
敵である魘夢の肉壁は、列車全体を覆っていた。
朔ノ夜の力で抑え込んでいたが、頸を斬られた直後は最期の抗いとして大きく膨張していたのだ。
それが列車と地面が衝突する際、クッションの代わりとして衝撃を吸収した。
弾かれた伊之助もまた、落ちた先が肉壁だった為に大きな怪我を負うこともなかったのだ。
「腹は大丈夫か! 刺された腹は!」
「だい…じょう、ぶだ…伊之助、は…」
「元気いっぱいだ、風邪もひいてねェ!!」
声は荒々しくも、炭治郎を抱き起こす腕は慎重だった。
伊之助の腕に抱き起こされた炭治郎は、自力で起き上がることもできずに弱々しく口を開く。
それでも開口一番、思いが向く先は自分ではなく他人のこと。
「すぐに動けそうにない…他の人を、助けてくれ…怪我人はいないか…頸の近くにいた運転手は…」
ぼそぼそと弱々しく告げる「運転手」は、あの駅員の男である。
「……」
炭治郎の腹を刺した、あの。
「アイツ死んでいいと思う!!」
「…よくないよ…」
炭治郎とは違い、伊之助は男に同情の欠片も持っていない。
弱肉強食の自然の世界で育ったのだ。
強い者が生き、弱い者は死ぬ。
それが自然の掟であり、あの男は弱かっただけのこと。
そして何より、悪鬼から救おうとしていた炭治郎を刺したのだから。
きっぱりと断言する伊之助に、それでも炭治郎は頸を縦には振らなかった。