第34章 無題
(凄まじい断末魔と揺れが…ッ!)
「頸を斬られてのたうち回ってやがる! やべェぞ!!」
バランスを崩した衝撃は、列車に乗る全ての者に伝わっていた。
特に酷かったのは、先頭車両を失った二車両目だ。
その場にまともに立っていられない程の、巨大な地震のような揺れ。
杏寿郎とは異なり、炭治郎と伊之助には焦りが宿る。
「横転する! 伊之す…っ!」
「! お前、腹大丈夫か!」
叫べば、自然と腹に力がこもる。
致命傷とはいかずとも、脇腹は鋭い錐で貫通されたのだ。
鋭く内部から痛む響きに、炭治郎は顔を歪めた。
「っ乗客を」
それでも動かなければならない。
告げなければならない。
魘夢の手により眠らされた乗客達は、この激しい揺れに身構えることもできないのだ。
「守っ」
守らなければ。
告げようと、手を伸ばそうとした。
伊之助にではない。
炭治郎の手により気絶させられた、無防備に転がる駅員の男へ。
ガゴンッ!
同時に、車輪が大きく跳ね上がった。
暴れ馬のようにのたうつ巨大な鉄の塊。その車体を支えきれなくなった車輪が、脱線したのだ。
まるで嵐の海上に立っているような衝撃だった。
大きく跳ね上がった列車は屋根のない外部に立っていた炭治郎と伊之助を弾き飛ばす。
気絶したままの駅員の男も、また。
(っ死ねない…!)
悲鳴を上げる暇もない。
歯を食い縛ったまま、炭治郎は目の前で宙へと飛ぶ男へと再度手を伸ばした。
死ねない。
こんな所で、こんな状況で、死ぬ訳にはいかない。
駅員の男は気絶した後のことは何も知らないのだ。
もしここで自分が命を落としてしまったら、駅員の一打が決定打と見做されるかもしれない。
自分の死は、この男が原因だと。
錐を差し込む男の手は震えていた。
心臓や頸の急所を狙わなかった男は、ただ己の願望を邪魔しないようにと、その為だけに伊之助を止めようとしたのだろう。
殺そうとまでは思っていなかったはずだ。
だからこそ、ここで男の一撃を喰らった自分が死んでしまえば、男を殺人者に変えてしまうことになる。
死ねない。
誰も死なせなくない。
乗客達全員も、駅員のこの男も。