第34章 無題
悲鳴と同時に膨張した肉の塊は、まるで藻掻き苦しむ触手の津波だった。
列車内の至る所で膨張し、手当たり次第に寝ている乗客達の頸を鷲掴み、捻り潰そうとする。
──ゴォッ!
その捨て身の攻撃を一斉に斬り払ったのは、炎の刃。
先頭列車が破壊され、バランスを失った車内でも冷静さを欠かさなかった杏寿郎だ。
目では終えない速さで列車内を駆け巡り、全ての触手を叩き斬る。
窮鼠猫を噛む。
追い詰められた獣程恐ろしいと言うが、最期の足掻きのような魘夢の攻撃は単調で偏りがあり、禰豆子や善逸、そして列車を覆う朔ノ夜の力も借りて抑えることができた。
「む…!」
次に来るであろう衝撃は予想の範囲内。
見境の無い魘夢の攻撃だけを跳ね返し、その他の技は全て列車自体に叩き付ける。
「外は任せたぞ朔ノ夜ッ!!」
バランスを失い、脱線した列車が辿るのはただ一つ。
次にくる激しい横転を少しでも抑える為に、内側と外側から同時に衝撃を放つ。
横転の衝撃とは真逆の力を与え、尚且つ内と外から力で押さえれば、反動もその分小規模にできる。
それが杏寿郎の考え出した策だった。
列車自体が魘夢の為、その頸を断てばどう足掻いても無限列車は破壊される。
そこに無防備に寝ている乗客達が巻き添えにならないことが第一なのだ。
「炎の呼吸、」
コォ、と杏寿郎の唇の隙間から熱気のような音(ね)が立つ。
瞬間、振り下ろした刃は真昼と見間違う程の、眩い炎を巻き上げた。