第34章 無題
猪の被り物の中から見ている伊之助の視線は、常に何処に向いているか炭治郎でもわからない。
尚且つ、狭められたその視界は戦闘では不利になるところ、魘夢戦では有利となった。
狭い視界の為、どんなに沢山の魘夢の目がこちらを向こうとも大半は遮断されてしまうのだ。
「獣の呼吸、肆ノ牙!」
無数の魘夢の視線を掻い潜り、その目玉を斬り捨てて伊之助が下へ下へと駆け巡る。
向かう先は、幾重も分厚い肉壁が守る急所のある場所。
「〝切細裂き〟!!」
左右から二対の刀で無数の斬撃を入れる。
それにより厚い肉壁も、細かな肉片に変えられて盾としての役割を失った。
肉が削がれ、弾け、見えたのは巨大な頸の骨。
(父さん、守ってくれ…ッこの一撃で骨を断つ!!)
後に続いて落下する炭治郎の呼吸が変わる。
体に叩き込んできた水の呼吸ではない。
自然と体の奥底に宿っていた別の呼吸。
ヒノカミ神楽を使った呼吸だ。
危険を察知した新たな肉の触手が、頸を守ろうと手を伸ばす。
それよりも早く、炭治郎の日輪刀は頸の骨に届いていた。
〝ヒノカミ神楽──碧羅の天(へきらのてん)〟
ぐるりと円を描くような炎の輪。
それは杏寿郎が扱う炎の呼吸、昇り炎天を思わせるような技だった。
炎の渦を思い起こさせる炎天とは違い、日輪のような輝きを持つ碧羅の天。
それは太く、頑丈な巨大な頸の骨を断ち切った。
骨だけでなく、車両の床や車輪ごと斬り抜いた炭治郎の渾身の一撃に、線路から脱線した車輪がガゴンと軋む。
(──ギャ)
それはまるで、魘夢の頸を胴体から斬り落としたかのような音だった。
「ギャァアあ"アあア"ァあァア"ア"ッッッ!!!!!!!」
一度、炭治郎が魘夢の頸を見つけ出す時に急所の近くの肉を斬り刻んだ。その時よりも数十倍鋭い悲鳴が、列車全体から上がる。
魘夢の絶叫だった。