第33章 うつつ夢列車
痛みの危険を感じ取った蛍が途端に饒舌に拒否すれば、男は煩わしそうに細く形の良い眉を潜めた。
何か言いたげに口を開くが、それも面倒だと言わんばかりに口を閉じる。
「ほ、本当に止めて下さい…そのうち治るんで。大丈夫です」
「……」
「鬼ですから。後生ですから」
「……」
「無言にならないで下さい怖いですからっ」
出会ったばかりで互いの性格もよく知らない。
故に無言のままいきなり肩の間接を押し込まれる可能性だって十分にあり得る。
蒼褪めた顔をふるふるとひたすら横に振り続ける蛍に、男は溜息をついた。
同じ鬼だというのに、なんだこの女は。
階級の低い弱い鬼なら痛みを怖がることもあるだろうが、それにしても怖がり過ぎではないのか。
ただ肩の間接が外れたくらいで。
(この女のどこに執着する理由があるのか…童磨(やつ)の考えることはやはりわからん)
童磨が人間の女を好んで喰らっていることは知っていた。
しかし鬼の女に強く興味を惹かれているのは初耳だった。
それだけ特殊な女なのか。
もしかしたら強い鬼なのかもしれない。
無惨から、童磨が欲しがるその鬼女に出会ったら確保せよと命じられた時は嫌悪が大半と、そんな興味が僅かに湧いた。
だがどうやら肩透かしだったらしい。
「ぁ…あの…聞いて、くれてます…か…?」
無言を貫く男を、恐る恐ると伺い見る。
そんな蛍を興味なく見た後、再度ちらりと視界の端で後方に立つ若菜を捉える。
人間の女はまだ若い。未成年だろう。
もっと幼ければ人里離れたこんな荒野に放置しては死の危険もあったが、あれくらいの年頃なら問題ないはずだ。
「おい女」
「…ぇ」
「線路を辿ればいずれ人間の村なり町なりに着く。路頭に迷う心配はまずない」
一瞬、自分が声をかけられたとは感じていなかった。
遅れて若菜が反応を示せば、淡々とした声と視線で男は線路を促した。
「何処へでも好きな所へ行け」
驚いたのは若菜だけではない。
蛍もまた、目を丸くして目の前に立つ男を見た。