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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第33章 うつつ夢列車



「わ…私の、名前は…彩千代蛍って、いいます…」


 火に油を注いでいるとわかっていても、震える声を止めることはなかった。
 男がただこの場を通りすがっただけならば、この僅かな時間で列車は遠くへ去ることができる。

 それだけでいい。
 それだけでいいのだ。

 それだけで、列車内の人々の生存率が上がるなら。


「……お前…」


 背中を向けていた男が、再び振り返る。
 びくりと反射で体を硬直させながら、蛍は息を呑んだ。

 次にくるのは殺気か。攻撃か。
 参と刻まれた男の瞳が、蛍の顔を初めて映し出した。


「今、なんと言った」


 頸を竦めて次の言葉に身構える。
 そんな蛍の思考を一瞬停止させる程、予想だにしていなかった返事を聞いた気がした。


「……え?」

「名乗った名だ。もう一度言え」

「ぇ…え、と…彩千代、蛍っていいます…」


 辿々しくももう一度告げれば、今度こそ男は体をこちらへ向けた。

 何に興味を示したのか。
 蛍がぱちりと目を瞬いた時、既に男の姿はすぐ目の前にあった。


「っ!?」


 悲鳴を上げる余裕もない。
 恐怖で声を引き攣らせれば、男の手が蛍の腕を掴んだ。

 蛍や童磨のような、鋭い爪は持っていない。
 肌と同じ青白い手の甲に、指は全て藍色へと染まっている。
 短く切られた爪は短髪と同じ、紅梅色をしていた。


「お前が彩千代蛍か」

「…え…?」


 間近で見た男の目は、罅割れた結膜を持つ異様なものだが、紅梅色の長い睫毛は一瞬目を止めるほど豊かで、鮮やかなものだった。

 自分の名に反応を示したということは、知っているのか。


「ぁ…(もしかして童磨が──)」

「来い」

「わッ」


 その名を知っている生きた鬼は、現時点で禰豆子と童磨。そして無惨のみ。
 上弦の鬼と繋がりがあるとするならば、一番の可能性は童磨だ。

 そう悟る前に、有無を言わさない力で腕を引かれた。

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