第33章 うつつ夢列車
凄まじい殺気だった。
手を出されてはいないというのに、頸を鷲掴まれたような気がした。
男にその気があれば、一瞬で頭など握り潰されている。
そんな未来が垣間見えた気がして、ひゅっと息を呑んで立ち竦む蛍は何も言えなくなってしまった。
視線で一蹴した男は、再び前を向く。
「っ…(駄目、だ)」
冷や汗が背中を伝う。
足が震える。
それがより、脳内で危険信号を打ち鳴らす。
この男は危険だ。
童磨のような飄々とした掴みどころの無さもまた危険視すべきだが、この男は目に見えて敵意が伝わる。
何故だかそれは人間である若菜には向いていないが、鬼殺隊にはどう向くかわからない。
鬼は鬼同士で群れない。
それぞれが狩場を持っている。
魘夢の狩場は無限列車だ。
だとすればこの上弦の参の狩場は此処ではないはず。
それなのに突如出現した意味は、なんなのか。
もし列車と融合した魘夢の気配に気付いたとあれば──
「ぉ…お名前、は…っ」
頭を捻り潰されるかもしれない。
そんな恐怖を抱えながらも、蛍は震える声をどうにか吐き出した。
童磨は自由に花街を選び行き来していたように思えた。
この男もまた、制限されていない土地を生き来できるのならば。
「上弦の、参様の。お名前、は」
童磨が上弦であることを蛍は知らなかった。
童磨自身は性格故か、驚くだけで済ませていたが、もしそれが失礼に当たることならば。
この問いは死刑宣告かもしれない。
それでも自分は鬼だ。
頭を潰されても、最悪死ぬことはない。
「お名前、教えてくれませんか…?」
恐る恐ると続ける蛍に、背中を向けたままの男の首筋に──びきりと。苛立ちの血管が浮かんだ。
(怖いッ!!)
思わず漏れそうになる悲鳴を呑み込む。
今まで色んな鬼に出会ってきたが、こうも末恐ろしい鬼は初めてだった。
隣に杏寿郎がいない分、余計に恐怖は募る。
だからこそ同時に、自分がどうにかしなければと奮い立った。
杏寿郎を守る為なのだ。
こんなにも恐ろしい鬼を、列車に向かわせる訳にはいかない。