第33章 うつつ夢列車
ゆっくりと振り返る男──否。鬼は、不満そうな顔をしていた。
無表情に近いものだが、蛍と若菜を認識すると形の良い眉が眉間に寄る。
「女だけか」
見た目は二十歳未満。
声色も若々しいものだったが、ぼそりと告げたそこには興味の欠片も持っていない。
気配を感じ、足を止めたまで。
そこに何があるかと思えば、異性が二人。
気にかけるにも値しないと、素っ気なく男は再び前を向いた。
数珠を足首に付けた裸足の足が、ぐ、と力を込める。
身を屈めてその場から飛躍するかのような気配を前に、蛍は嫌な予感を覚えた。
男の目線は、線路の走る先。
その先にあるのは無限列車だ。
相手は上弦の参(さん)。
だとすれば魘夢の格上。そして童磨の次に実力のある鬼となる。
童磨は、蛍の足を母体として造り上げられた仮の姿であっても、倒すのには柱二人の力が必要だった。
そんな実力を持つ童磨の次に強い鬼が、魘夢と組んだとなると。
(杏寿郎達が危ない…!)
一気に生存率は下がってしまう。
「ま…っ待って!」
咄嗟に呼びかける。
今正に飛び出さんとしていた鬼の体が、動きを止めた。
「貴方は…っ上弦の参、様ですか…っ?」
「な…何言って、あんた…っ」
案など何もない。
どうにかその意識をこちらに向けられないかと、蛍はその場の判断で声をかけた。
ぎょっとしたのは若菜だ。
常人であっても、その風貌や伝わる気配で、異常な鬼であることはわかる。
それが興味無くその場から去ろうとしているのに。
何故わざわざ引き止めるのか。
「私も鬼でっ童磨様には会ったことがあるけれど、上弦の参様は初めてです!」
それでも声かけをやめない蛍に、今度こそぴくりと男は反応を示した。
「…あいつの配下か?」
再び振り返った男の顔は、先程とは一変していた。
心底鬱陶しそうに吐き捨てる眉間には、くっきりと嫌悪の皺が刻まれている。
十中八九、反応したのは童磨の名だ。
上弦の弐である鬼をあいつ呼ばわりするとあらば、同じ実力を持つ鬼か、それ以上の鬼でしかない。