第33章 うつつ夢列車
線路を挟んだ反対側で巻き上がっている土煙。
急な轟音はそこから生じたものだ。
一体何が起こったのか。
壊れた列車の破片でも飛んできたのか。
一瞬そんな突拍子もない予想が若菜の頭を過ったが、目の前の鬼が何かしたのかもしれない。
「ちょっと、離し」
「待って」
腕を鷲掴まれるのもこれで何度目か。
鬱陶しそうに振り払おうとすれば、予想以上に強い力で引き止められた。
しかし蛍の目は若菜へとは向いていない。
睨むように蛍が見ていたのは、数m先で起きた土煙だった。
ぴり、と肌が緊張で張り付く。
風に流れる煙の中に、一つの人影を見た。
(あれは…)
其処に立っていたのは、見知らぬ男だった。
夜の闇でも映えるような、鮮やかな紅海色の短髪。
死人のように生気の見えない青白い肌。
その肌の上を走る線状の紋様は、列車に乗る前に出くわした足に自信を持つあの悪鬼と似通っていた。
ただしあの鬼以上に無数に走る紋様は、露出が多い男の筋肉質な身体をより異様に引き立たせている。
背中を向けて立っていた男が振り返る。
顔の上にも走る紋様より、蛍の目を見開かせたのはその瞳だった。
眼球の白目に当たる結膜は透き通るような水色をしているが、罅割れのようなものが至る所に入っている。
その中心にある眼球には、文字のようなものが刻まれていた。
花街で出くわした童磨。
列車と融合した魘夢。
彼らと同じ、階級を示す文字だ。
(新手の鬼…!)
ぞわりと蛍の体中に鳥肌が立つ。
童磨の虹色のような瞳の階級を見た時にも、これ程の寒気は感じなかった。
感じたのは、直接肌に突き刺さる男の威圧だ。
童磨は初対面から威圧を放つようなことはしなかった。
「っ…上弦…」
鬼の目は夜目が利く。
明かりの無い線路道でも蛍の目は、それを捉えられた。
【上弦】【参】と書かれた、その鬼の目を。