第33章 うつつ夢列車
「彩千代でも蛍でも好きに呼んでくれていいから…」
「若菜」
「え?」
「若菜よ。これでいいでしょ」
「あ、うんっ」
何故告げる気になったのか。
端的に言えば、答えなければいつまでも問われる気がしただけだ。
それでも素っ気なくも告げる少女の名に、こくこくと蛍の顔が興奮気味に頷く。
「それ名前? 名字かな。若菜ちゃん?」
「どっちでもいいでしょ。鬼にだって名字も名前もないのに。…あんたは違うようだけど」
「そう! そうなの。それ凄く疑問で。なんで皆名前しかつけないのかな…名字まで考えるの、面倒なのかな?」
「はぁ?」
心底疑問だという顔で頸を傾げる蛍のその話題など、それこそ心底どうでもいい。
呆れ顔を向ける若菜に、返す蛍の顔は真面目だ。
「どうでもいいけど、列車を追いかけるんじゃないの」
「そうだ列車。はい、若菜ちゃん乗って」
「…は?」
手首をようやく解放されたかと思えば、目の前で背中を向けて屈み込む。
乗れと告げているのはその背中だ。
一体何を言っているのかと、若菜の口から疑問符が大きく上がった。
「若菜ちゃんの足じゃ追いつけないと思うから。少し手荒になって悪いけど、乗ってくれる?」
「な…なんで私が…っ」
「うんうん、嫌なのはよくわかる。でも迷ってる暇はないの。おんぶが嫌ならだっこにするけど」
「どっちも嫌よ!」
「大丈夫、取って喰べたりしないから!」
時間経過が治癒に繋がっているのか。列車から放り出された時よりも顔も声も明るく変わっているが、蛍が鬼であることは何も変わっていない。
反射的に抗う声を高めれば、問題ないと笑顔で返される。
「そういう意味じゃ──」
ドォンッ!!!
すぐに否定しようとした声は、凄まじい轟音に掻き消された。
衝撃波のような空気の波に、ぐらりと若菜の体が揺れる。
咄嗟に手を伸ばした蛍に腕を掴まれ、倒れることは阻止できた。
「な、何…」
その目に映ったのは、衝撃によるものか。少し先で上がる土煙だ。