第33章 うつつ夢列車
人間は欲望の塊だ。
月房屋で柚霧として働いていた蛍にとって、身に沁みて経験したことだった。
しかしその形は千差万別。
おぞましい程の悪となることもあれば、前へ進む為の糧となることもある。
「そこまで思えるものが、貴女にもあったんだよね」
例え世間から見て間違ったものだとしても。
それがおさげ少女の生きる目的だったはずだ。
「そこまで大事に抱えてきたものを、馬鹿にする気なんてない」
淡々と、ただ静かに。己の何にある思いを口にする。
蛍のその姿を前に、少女は開きかけた口を閉じた。
いつもなら反射のように出る否定の言葉が、吐き出せない。
心を許した訳ではない。
絆された訳でもない。
ただ自分にもあるものだからと飲み込んで、目を向けてくる蛍に意味のない罵声を浴びせることは、少女自身が躊躇した。
ぎらぎらと常に反発していた強い瞳孔が、僅かに陰る。
握りしめた拳はそのままでも、少女の手は再び鬼の錐を手にすることはなかった。
明確に何か解決した訳ではない。
それでも沈黙を作る少女を前に、蛍は明るく声を上げた。
「よし。それじゃあ今度こそ列車を追いかけよう。ここにとどまっていればいる程、追いつけなくなってしまう」
「っ…私、は…」
「駄目だよ。貴女が行かない選択肢をしても、私は連れていく」
拳を握り締めたままの手首を、蛍が掴む。
びくりと反応した少女が反射的に振り払おうとしても、まるで動かない。
手負いであっても相手は鬼でなのだと思い知る。
「貴女は人間だから、師範達が手を下すことはないけれど。でも魘夢に協力していた人だから、見逃すこともできない。それはあの病気の男の子だってそう」
手首を掴む手と同じだった。
目を逸らす少女とは違い、真っ直ぐに見る蛍の意思は揺らがない。
「ただ鬼の私には判断できない。だから師範に託す」