第33章 うつつ夢列車
「それに追いかけるって言ったから。ちゃんと戻らないと、心配させてしまうだろうし」
あそこで杏寿郎が後を追わなかったのは自然な行為だ。
守るべき人々がいる列車を優先し、また同時に蛍を信頼していたからこそ見送ってくれた。
必ず戻ってくると、信じてくれているからだ。
「貴女のことも、あの病気の彼が気にかけて」
「そんなはずない」
歩み寄ろうとする距離を遠ざけるように、おさげ少女は冷たく言い放った。
「あんたも見ていたならわかるでしょ。私達に仲間意識なんてない。自分の欲望の為に動いていただけよ」
「…欲望って、幸せな夢を見るための?」
「その他に何があるの」
「……」
「どうせたかが夢の為に馬鹿馬鹿しいなんて思っているんでしょ」
自ら距離を取るように、少女の顔が歪んで笑う。
「そんなことで鬼にまで縋って。他人の命を奪って。くだらないことに命を懸けてって」
「くだらないなんて思ってないよ」
「口先だけならなんとでも言えるわ。そんな綺麗事」
「思ってないよ。私も夢を見たから」
静かに応える蛍は強い否定をしなかった。
ただただ自分の身にも起こったこと。見てきたものを思い出して、自然と顔が陰る。
「こうだったらいいのにって。あの時ああしていたらって。仮初でも私にもあったから。幸せでいたいって思わせる夢」
自分には今、望むひとがいる。
共に歩みたい未来がある。
だからこそ抜け出せた夢だ。
それでも姉の代わりなどいない。
だからこそ身を切るような思いで断ち切った。
もし杏寿郎と出会っていなかったら、果たしてあんなにも鮮明でリアルな魘夢の術から逃れられたのか。
正直、確信はできないと思った。
「そこに縋りたい気持ちも、何に代えても欲しがる気持ちも、わかるよ。馬鹿馬鹿しいなんて思わない。だって他人に理解されなくても、私にとっては命を懸けられることだったから」