第33章 うつつ夢列車
「貴女の、為じゃない、よ。私、そんな綺麗な心の鬼じゃ、ないから」
「…っ」
「いっつつ…」
激しく打ち付けた左半身が痛む。
特に痛みの激しい肩は、関節がずれてしまっているのか。少しでも腕を上げようとすれば骨が悲鳴を上げた。
打ち所が悪かったと顔を歪めつつ、どうにか上半身を起こす。
動けない訳ではない。
暫く右腕は使えそうにないが、それも時間の問題。いずれは治るだろう。
(杏寿郎なら、肩が外れても自力で戻して即戦力になってそうだけど)
そうは思うものの、自分には骨を自力で元の位置に戻す度胸などない。
痛いものは痛いし、怖いものは怖い。
骨の仕組みもよく知らないまま力任せに押し込んで、更に激痛が襲ったらと思うと血の気が退く。
鬼となり鬼殺隊の一員となろうとも、精神まで簡単に戦士になれる訳ではないのだ。
戦いとは無縁の世界で生きてきた頃の自分もいる。
できるなら痛みなどない世界で生きていたい。
「怪我、してない? 大丈夫?」
それでもどんなに切望したところで現状は変わらない。
仕方なしにと右肩を庇いながら視線を感じる所へと顔を上げれば、おさげ少女が立っていた。
逃げ出す素振りはないことに安心しつつ、蛍は下から伺うように問いかけた。
「私を庇って、恩に着せたつもり?」
「別にそんなこと…私の方が丈夫だろうから、そうしただけ」
「鬼だから?」
「そう。鬼だから」
馬鹿にしたように笑う顔に、同じに笑顔で返せば少女の顔が歪む。
その気持ちが手に取るようにわかるからこそ、苦い笑みも浮かんでしまうというものだ。
「私ね、鬼になって割と長いの。そりゃ、他の鬼に比べればまだまだ新参者かもしれないけれど。数年この体で生きてきたから、鬼として蔑まれることは慣れてる」
「……」
「だからあんまりそういうのは響かないかな」
何より、鬼である自分を丸ごと全て受け入れてくれたひとがいる。
それだけで、どれ程強くなれるものか。
少女に一から説明する気はないものの、譲る気もない。
これくらいのことで躓く気はないのだ。